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夏便り 18

「瑞樹、何している?」 「宗吾さん! あの……庭の草花や、木々の位置を記録しておこうと思って」 「へぇ上手にスケッチするんだな」 「ありがとうございます! 絵を描くのは元々好きなので」  函館の家には流行のゲーム機などなかったので、遊びといえば外遊びが基本だった。  広樹兄さんと潤は、毎日のように公園に遊びに行っていたが、僕は家にぽつんと残っていた。躰を動かす事は嫌いではなかったが、一緒に遊ぶ友達がいなかったのだ。  だから暇さえあれば藁半紙に鉛筆で絵を描いた。枯れ始めて売り物にならなくなった店の花をもらっては、無心にデッサンした。  その経験が、功を奏したのかな。 「芽生も瑞樹に似たのか、最近よく絵を描いているよな」 「そうでしょうか」 「そうだよ。外見は俺に似てきたが、中身は瑞樹に似てきたな」 「えっ……本当にそう思いますか」 「あぁ、母も言っていたよ」  宗吾さんの言葉に、心がほわりと温かくなった。  宗吾さんと芽生くんは実の親子なので血が繋がっているが、僕は違う。  だから、今みたいに言ってもらえると、凄く凄く嬉しい! 「それから瑞樹、夜中はありがとうな。芽生『お漏らし』したんだろう? 俺、全く気付かずに、ぐっすり眠っていて、恥ずかしいよ。後処理も全部任せてごめんな」 「いえ、大丈夫です」 「瑞樹にばかり負担をかけて悪かったよ。俺は昔から一度寝たら起きられなくて……本当にこんなんじゃ『父親失格』だよな」 「そんな……」 「相変わらず駄目だな。俺……」  真昼の空を見上げながら、宗吾さんは珍しく苦い表情を浮かべた。  何か過去にあったのか。  もしかしたら玲子さんとの結婚生活で『父親失格』という手厳しい言葉を投げつけられてしまったのかも。  でも僕は夜中に宗吾さんがぐっすり眠っているのに対して、そういう気持ちには全くならなかった。むしろ、ここは僕に任されているようで嬉しかった。  そもそも、二人が同じポジションを取り合うのは無駄な動きだと思っている。  仕事で大きな装花を手がける時、数人のグループで作業をするが、皆、自分がやるべき任された事、分担された事をやる。欲しいポジションを取り合ったり、嫌なポジションをなすりつけたりしては、作業が捗らないし、心の通った作品は出来ない。  子育ても、少し似ているな。   「宗吾さんは、いいお父さんです!」  僕の一言に、宗吾さんがハッとした面持ちで振り向いた。  それから僕を見つめ、宗吾さんらしい明るい微笑みを浮かべてくれた。 「やっぱり君はいいな」 「……宗吾さんがいるから、僕の居場所があります」  本音だ。  宗吾さんの懐は深く明るく……僕が変化出来たのは宗吾さんのおかげだと、いつも思っている。 「ありがとう。そうだったな。『お互いが歩み寄っていく』それは君と付き合い出してから、俺が学んだ事だ」 「僕もそうありたいです」  宗吾さんが見守ってくれる中、白いスケッチブックに庭の見取り図を描いた。そこに樹木の位置などを丁寧に細かく写し取った。  僕には花の知識はあるが、造園についてはまだまだだ。だから専門家のアドバイスが欲しいので、あとで潤に連絡して相談してみようと閃いた。 「庭の事も任せて悪かったな。君の負担になっていないか」 「いえ、僕もこの家に通う名目が出来たし、この家の庭の成長を見守る事が出来て嬉しいです」 「そうか、でも君の本業を優先させてくれよ」 「お気遣いありがとうございます」 「そのままスケッチ続けてくれ。ちょっと芽生と遊んでくる」 「分かりました! 芽生くんは今、プールですね」 「そう、水鉄砲するんだってさ」 「くすっ」  宗吾さんの向かった先を見つめると、芽生くんが子供用プールで遊んでいた。  美智さんがプールに水ヨーヨーを沢山浮かべてくれたので、水面がカラフルだ。色彩が鮮やかだな。 「おねえちゃん! それー」 「きゃー! 濡れちゃう」 「えへへ!」  プールの水が波打って、溢れた水が渇いた土を濡らすと、大地が水を飲んだように色が変わっていく。  日差しはきついが、木陰は涼しい。    あぁいいな……こういうの。  庭がある生活は、やはりいい。  自分の足で大地を踏みしめられるのって……やっぱり憧れる。

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