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夏便り 19
軽井沢・ローズガーデン
「潤、お疲れさん! もう上がってもいいぞ」
「はい、しかし連日すごい賑わいでしたね」
「観光地だからな~ここは」
「東京からの人も多かったですね」
「都会の人は庭を持たないマンション住まいが多いから、こういう場所に癒やされるのだろう」
「あぁそれ分かります。オレの兄さんも……」
「そうなのか、いつかここに来てもらうといい」
「そうします!」
上司と話した後、都内でマンション暮らしをしている兄、瑞樹の姿がちらついた。
五月の連休に会ったばかりなのに、もう会いたいって、オレも相当なブラコンになったな。いや最初からブラコンだったのかも……ひねくれて迷走しちまったが。
北海道の広い大地で成長してきた瑞樹に、都会のマンション暮らしなんて本当は似合わない。
(兄さん……)
そう呼ぶのはまだ照れ臭いが、大切な兄なんだ。
オレがしでかした事を、優しい心で許してくれた恩を一生忘れない。だからここで造園業をしっかり身につけて、いつか瑞樹の役に立てる人間になりたい。
そんな気持ちで、日々仕事に取り組んでいる。
夜になって、函館の兄貴から連絡があった。
「潤、頑張っているか」
「兄貴こそ! お盆は帰れなくてごめん」
「いいんだよ。お前は今は遊んでいるわけじゃないだろ。だから謝るな」
「『今』は、余計だ。で、母さんは元気?」
「へぇお前も大人になったな。母親の心配をするなんて。あぁ元気いっぱいさ」
「そうか……良かったよ。そんで兄貴は何かいいことでもあった?」
兄貴の声が底抜けに明るいので、理由を知りたくなった。
「分かるか。実はさっきまで瑞樹と話していたから、ご機嫌なのさ」
タイムリーだ。オレも日中、瑞樹のことを思い出していた。
「兄さんと? お盆は東京だろう?」
「あぁ宗吾さんの実家で過ごしているよ」
「へぇ……なぁ元気そうだった?」
「あぁ写真を見せてもらったが、ますます可愛くなっていたぞ!」
可愛いか……
27歳の瑞樹に向かって言う台詞ではないが、その形容詞がぴったりだ。
「写真?」
「おー!それがさ、そこらのアイドルより可愛いブロマイドで10枚は保存したぜ」
「何それ、見せてくれよ」
「駄目だ! ダメ! 瑞樹が俺のために撮って送ってくれたんだ」
「なんだよ? ケチだな」
「欲しいなら、お前も瑞樹にお強請りしてみろよ」
「そんなこと出来るかよ」
といいつつ……電話を切ってすぐに、スマホの写真ホルダーの中をチェックしてしまった。
瑞樹の写真は、あるにはあったが、集合写真だから小さかった。
瑞樹だけの写真か……オレも欲しい!!
翌朝もまた瑞樹のことを考えてしまったので、もう立派なブラコンだと認めるしかなかった。
「おーい潤、スマホ見つめてどうした? 何か悩みでもあんのか」
同期で入社した奴に呆けている姿を見られて恥ずかしい。でも恥を忍んで聞いた。
「実は写真を送ってもらいたい人がいてさ、でもどうやって切り出せばいいか分からなくて困ってる」
「そんなの簡単さ」
「どうすればいい?」
「自分の写真を1枚送って、君のも欲しいって言えばいいんじゃないか」
「なんだそれ? 自意識過剰の危ない奴じゃないか」
「はは、ダメ元でどうだ? ほら撮ってやるよ」
結局、ローズガーデンで作業服で働くオレの写真を、瑞樹に送りつけてしまった。
『兄さん、元気? 今年のお盆は軽井沢で働いている。こんな感じでやってるよ。兄さんの写真も見たい』
送信してから図々しいかなと思ったが、瑞樹に会いたくなってしまったんだ。許してくれよ。気持ちに収集がつかないんだ。
****
庭先でスケッチを続けていると、ポケットのスマホが着信を知らせた。
誰だろう? 休日に……
「あっ潤だ!」
写真も一緒に届いた。
「わぁ!」
作業服姿の潤だった。
「お前……日焼けして逞しくなったな」
いい汗をかいて仕事をしているようで、ホッとした。
『兄さん、元気? 今年のお盆は軽井沢で働いている。こんな感じでやってるよ。兄さんの写真も見たい』
「えっ……僕の写真?」
なんだか昨日の広樹兄さんに続いて、写真のリクエストが多いな。
僕はもう潤に、蟠《わだかま》りは、ない。
「しょうがないな、今回は特別だぞ、潤……」
昨日広樹兄さんに送信した写真を送ろうと操作していたら、また潤からメッセージが入った。
『追伸! 広樹兄さんにあげたのじゃなくて、俺だけのために撮ったのがいい』
「ぷっお前らしいな。我が儘だ!」
そう言いつつも、せっかく潤が潤なりに勇気を振り絞って頼んで来たのが分かるので、スマホで自撮りしてみた。
庭を背景に、照れ臭いけれども、軽井沢で一生懸命働いている潤に笑顔を届けたくて。
「瑞樹? さっきからどうしてブツブツしゃべりながら自撮りしてる?珍しいな」
「あ、宗吾さん。その、実は潤から連絡が来て、僕の写真を送って欲しいと言われて」
「なんだそれ? あいつがそんなことを」
「可愛いですよね」
「……昨日広樹に送ったのでいいだろう?」
僕もそう思ったのが……
「それが自分だけのが欲しいって駄々こねて、くすっ潤にも可愛い所があるんだなぁって思って」
宗吾さんの目の色が変わった。
「なんだって? 潤だけの? ぞれはずるいだろう」
「ずるいって? もう宗吾さんってば、僕はアイドルなんかじゃありませんよ」
「いや、瑞樹は『アイドル』だ!!!!」
「こ、声が大きいです」
美智さんと憲吾さんがキョトンとした顔で見ているじゃないですかぁ……
「悪い悪い。うーん、さてどうしたものか。とりあえず潤に送るのは撮ってやるよ」
「ありがとうございます」
照れくさかったが、広樹兄さんにしたことは、潤にもしてあげたい。
僕の兄弟だから公平に……
宗吾さんも、僕たち兄弟の事を認めてくれ、こうやって協力してくれるのが嬉しい。
「え? もう撮ったんですか」
「うん、これでどうだ? いい顔してるよ。瑞樹は自然の中にいると、更にいい顔するよな」
「ありがとうございます、あ、あの……それで宗吾さんだけのも撮りますか」
恥ずかしいが自分から申し出ると、宗吾さんは明るく笑って僕の頭をクシャッと撫でた。
「いや、俺は写真はやっぱりいいよ」
「え……」
「だって俺はさ……こうやって君の傍にいつもいられるし、生身の君に触れられるから、これ以上は贅沢だろう」
嬉しい一言だった。
いつだって一番傍にいる。
それが宗吾さんだから。
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