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夏便り 26
芽生くんの熱は、すぐには下がらなかった。
だが一番きつかった初日除いては……日に日に良くなって行くのが分かったので、安心出来た。
食事も順調で、最初はおもゆや蜂蜜レモン……徐々にお粥、そして今朝は『おなか空いた』と言ってくれたので、宗吾さんと胸を撫で降ろした。
僕と宗吾さんが1日ずつ仕事を休み看病したが、明日だけはどうしてもお互いに出社しないといけなかった。
今までは芽生くんが病気の時はお母さんに丸投げだったそうだが、今回はそうもいかない。まだお母さん自身が、安静にすべき時期だから。
宗吾さんがお母さんに相談すると、なんと憲吾さんの奥さんの美智さんが朝から駆け付けてくれる事になった。
「すみません。わざわざ来ていただいて」
「気にしないで! 私は憲吾さんが出社したら、あとはフリーなのよ。こう見えてもフットワーク軽いし」
少しふくよかで優しい眼差しの美智さん。
あの日、僕を真っ先に擁護してくれた頼もしい女性。
この人になら芽生くんを任せても大丈夫……
宗吾さんも、僕と同じ気持ちだ。
「お義姉さん、今日は本当に助かります。兄さん、この件について何か言ってましたか」
「いえいえ、可愛い甥っ子のためですもの。遠慮しないで、頼ってもらえて私も嬉しいのよ。憲吾さんなら、むしろ私に協力してもらえないかって頼む程だから、全く問題なかったわよ」
「兄がそんな事を……」
「そうなの。今となっては……最初は大変だったけど病院で会えて、お盆を一緒に過ごせて良かったわね」
「えぇ、ありがとうございます!」
芽生くんも、今度はしっかり美智さんを認識している。
「芽生、美智さんが来たぞ」
「あ、おねえちゃんだ」
パジャマ姿でベッドボードにもたれていた、芽生くんは顔色もずっといい。
「こんにちは! 芽生くんにお土産もってきたわよ」
「なんだろう?」
「ほら、水彩色鉛筆よ」
「わぁーきれいーこれ、ほしかった!」
今朝の芽生くんは朝からほぼ平熱で、喉の痛みも取れたので、ご機嫌だ。
やっぱり子供の治癒力はすごいな、快復し出すとあっという間だ。
やっとニコニコ元気な芽生くんに戻ってくれて、嬉しいよ。
「美智さん、ありがとうございます。芽生くん、よかったね」
「おにいちゃん、かえってきたらいっしょにおえかきしようね」
「うん! 楽しみにしているよ」
****
仕事から大急ぎで帰宅すると、芽生くんはリビングでお絵描きしていた。
「あら、お帰りなさい。芽生くん、もう朝から熱も上がらなかったので、お洋服に着替えて遊んでいたのよ」
「そうなんですね! ありがとうございます」
「私も楽しかったわ。子供がいる生活って良いわね。私も頑張るわ」
明るい笑顔だった。
(美智さんなら優しくて明るい……素敵なお母さんになれますよ)
少しだけ眩しくて直接声を掛けられなかったけれども、心の中ではちゃんと言えた。
「夕食はお鍋の材料を切っておいたので温めてね。あっさりしたお鍋だから、病み上がりの芽生くんにも食べやすいはずよ」
「夕食まで……何から何まですみません」
「謝らないで。親戚なんだから、いつでも頼ってね」
本当に温かい人だ。
美智さんが帰った後、芽生くんは嬉しそうに今日描いた絵を沢山見せてくれた。
「おにいちゃん、こんどいくおまつりのえをかいたよ」
「あっ、これは金魚だね。こっちは……綿菓子だ」
淡い色を水でぼかした、ふんわりとした夢の世界。
いつもの芽生くんの色遣いよりもずっと淡く美しい、憧れを纏った絵だった。
「ボク。ちゃんと……おまつりにいけるかな」
「お祭りは日曜日の夜だから、今日熱が下がったのなら間に合うね」」
「よかったーおにいちゃんとゆかたでいくの、たのしみ」
「うん、僕もだよ」
「ヤクソクだよ。ゆびきりしよう」
「……そうだね」
「ゆびきりりげんまん~♪」
芽生くんの小さな小指と僕の小指を絡ませて……誓った。
……
夏樹、お祭りに行ったら綿菓子を買ってくるね。
おにいちゃん、絶対だよ。約束して!
指切げんまん、嘘ついたら針千本飲ます。
ゆびきりげんまん~うそついたらはりせんぼんのます!
あれ? でもお祭りは8月だから、ずいぶん先の長い約束になるね。
んーん、もう6月だからあっという間だよ。
確かにそうだね! 2か月なんてあっという間だ。
夏やすみがまちどおしいね。いっぱいあそんでね。
もちろんだよ。
……
遠い昔、夏樹とした約束はそのまま……宙ぶらりん。
夏樹にはその年の夏は、やって来なかった。
だからこそ、芽生くんとの約束は絶対に守りたい。
****
日曜日の夕刻、動画を参考に芽生くんに浴衣を着せてみた。
「ふぅーどうかな」
「おぉ瑞樹! バッチリだよ」
「そうでしょうか。よかったです……ちょっと頑張りました」
「わーおにいちゃん、じょうずじょうず!」
「ふふ、喜んでもらえてよかった」
「瑞樹も浴衣に早く着替えて来い」
「はい!分かりました」
自室で鏡を見ながら着付けていると、少し顔色が悪いのが気になった。
んー流石にこの1週間、頑張り過ぎたかな。
とにかく約束の日を無事に迎えられて良かった。
おまつりに行くために、芽生くんは病み上がりに無茶せず、とてもいい子に過ごしていた。
芽生くんの夢はね、僕の夢なんだよ。
約束を叶えてあげたい……それが僕の夢なんだ。
「瑞樹。仕度できたか」
「はい」
宗吾さんが、僕を見るなり、サッと頬を染めた。
「な、なんですか。あの……変ですか」
「いや……すごく綺麗で可愛い! なんだろうな、芽生の看病を経て……瑞樹が、また綺麗になった気がする」
「なんですか、それ? もう……くすっ」
「そうか! 家に馴染んでいるからだよ。きっと……俺の家族としての君が眩しいよ」
いつだって、隠すことなくストレートに嬉しい事を言ってくれる人。
宗吾さんは僕の心のビタミン剤……
疲れが一気に吹き飛んだ!
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