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夏便り 27
「うわぁ~きれい! すごい!」
大玉の花火が夜空を彩る度に、芽生くんは大歓声を上げていた。
つぶらな瞳に色鮮やかな花火が映り込むと、キラキラとした黒曜石のように輝いて綺麗だった。
生命力溢れる芽生くんが、ますます生き生きしてくる。
「宗吾さん……芽生くん、すっかり元気になって良かったですね」
「あぁ嬉しそうな顔しているな」
「今回はかなり辛そうだったので、心配しました」
「瑞樹……心から心配してくれてありがとう。君が必死に看病してくれている様子……不謹慎だが嬉しくもあったよ」
「え……嬉しいって?」
「瑞樹とはもう家族なんだなって感じられて」
「僕も……自然に……当たり前のように躰が動いていました」
芽生くんを真ん中に土手にレジャーシートを敷いて、花火を見上げていた。
都心から電車で30分ほどの大きな川に上がる花火は、夏の風物詩だ。
花火が打ち上げられる音が、心にズシンと響く。
花火は……夜空に咲く大輪の華だ。
僕と宗吾さんと芽生くん。三人で感動を共に出来るのが嬉しくて、僕もずっと空を見上げていた。
「本当に綺麗ですね……実は、こんなに大規模な打ち上げ花火を見るのは初めてです」
「そうなのか、また一つ、瑞樹の初めてをもらえたな」
「……はい、そうです」
僕の横顔を、さっきから宗吾さんが熱い視線で見つめてくる。
僕は今……一体どんな顔をしているのだろう?
子供みたいに無邪気な顔をしているのかな。
「満開の花火は一瞬で闇に紛れていきますが、その一瞬は胸にしっかりと刻まれますね」
「あぁ見た人たちの心に残像となり記憶となり残っていくのだろうな。なぁ今、俺達は家族の思い出を作っているんだな」
「はい、3人共通の思い出ですね、嬉しいです」
「パパーおにいちゃん、かえったらボク、はなびの絵をかくよ。えにっきに」
「うん、じゃあしっかり覚えておこうね」
「うん。はなびのあとはおまつりだよね。あーたのしみだな」
芽生くんが僕の膝に手をのせ、ワクワクした顔で覗き込んでくるので、つられて僕もニコット微笑んだ。
土手沿いの道には、沢山の屋台が出ていた。
ヨーヨー釣り、金魚すくい、綿菓子、リンゴ飴にソースせんべい、ラムネにかき氷。
目移りしてしまう程の屋台が並んでいて、とても賑やかだ。
「わゎゎゎ!すごいー!」
芽生くんの興奮も最高潮のようで、ピョンピョン飛び跳ねるように歩いている。
「芽生、勝手にどっかに行くなよ。すごい人混みだ」
「わかった」
「芽生くん、絶対に僕の手を離さないでね」
「うん! ボク、ぜったいにはなさないよ、おにいちゃんとはなれないもん!」
何気なく言われた一言が、心に染みた。
夏樹は離れてしまったが……同じ年頃の芽生くんと、今こうやって歩けるのは、お前の願いでもあったんだね。
「わたがしがほしいなー。あの袋のがいいなぁ」
「うわっあれで1000円? 綿菓子って高いんだな、俺達の時代より値上がりしている」
「くすっ今日は僕が買ってあげますよ」
「わぁぁ、おにいちゃん、いいの? ありがとう」
綿菓子とかき氷を楽しんだあと、射的がしたいと言うので、また歩き出した。
すると……
「あれ? おにいちゃんの手、すこしあついよ」
「え……そうかな」
すぐに宗吾さんがピタッと止まって、僕の額に手を当てた。
「瑞樹、熱があるんじゃないか」
「え?」
自分では全然意識していなかった。
浴衣を着る時に鏡に映った顔色が少し悪いとは思ったけれども……それから、さっきから怠くて暑いのは、人々の熱気のせいだと思っていた。
「大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫じゃないな」
「そんな大げさにしないで下さい。せっかくお祭りに来ているのに」
「だが微熱じゃないよ。結構ありそうだ」
「まさか」
こんな肝心な時に、僕が熱を出して迷惑かけるのが居たたまれなくて、宗吾さんの手を振り払い、一歩下がってしまった。
「大丈夫ですから!」
「君の大丈夫は大丈夫じゃない。さぁもう帰ろう」
「嫌です!」
自分でもどうしてそこまで頑なになっているのか分からないが、とにかく今は帰りたくなかった。
だって……こんな楽しい時間なのに。
今日を逃したくない想いで一杯だった。
「最後まで楽しみたいんです。帰ったらすぐに寝ますから」
「馬鹿! 自分の躰をもっと大事にしろ!」
宗吾さんにピシャリと言われた拍子に、涙がはらりと零れた。
「いやです。帰りたくないっ」
馬鹿なのは僕だ。
子供みたいに泣いて、駄々を捏ねて……
「瑞樹……?」
「おにいちゃん、ボクはおまつり、もうたくさんたのしんだよ。それより、おにいちゃんになんかあったらボク……いやだよぉ……」
芽生くんが心配そうに覗き込んでくれる。
この前、宗吾さんのお母さんが倒れたのを目の当たりにしているから、不安にさせてしまっている。
「僕……ひとりで帰れますので、このまま、二人で楽しんで下さい」
僕が帰れば済むと思った。
すると宗吾さんが僕の頬を両手で挟んできた。
「瑞樹……君の気持も痛い程分かる。今日にこだわるのも分かる。だが俺も芽生も……瑞樹に何かあったら悲しいよ。な、今日は言う事を聞いてくれ。たまには……らしくない瑞樹もいいが、やっぱり心配だ。3人で楽しみたいよ」
「……すみません、意固地になって……」
なんだか興奮したせいか、躰が熱くてクラクラと眩暈がしてきた。
「ほら、熱が上がってきたな。あそこでタクシーを拾って、帰ろう」
****
タクシーに乗せると、瑞樹は俺にもたれて眠ってしまった。
俺は馬鹿だ。
もっと早く気づいてやればよかった。
また、君の強がりを見破れなかった。
本当にいつもいつも……反省だ。
「パパ。おにいちゃん、ボクのおかぜうつっちゃったかな」
「メイのせいじゃないよ。風邪も天下のまわりものだ」
「てんか?」
「まぁ……だれのせいでもないってことだよ」
だが……誰のせいでもないのに、自分を責めてしまうのが瑞樹なのだ。
そんな君の心が痛い程分かるから、ちゃんとわかっているから、今は休んでくれよ。
お願いだ。
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