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夏便り 28

「さぁ早く着替えよう。浴衣は苦しいだろう」 「……すみません」 「謝るな」  タクシーで寝てしまった僕は、宗吾さんに担がれるようにして家に戻ってきた。  頭がズキズキと割れるように痛かったので、ぼんやりと自室のベッドに腰掛けていると、宗吾さんが簡単に身体を蒸しタオルで清めてパジャマを着せてくれた。  物心ついてから、こんなにまで手取り足取り病気の世話をされたことがないので、朦朧とした意識の中でも照れまくってしまった。 「うーむ、39度か、随分熱が上がってきたな」 「えっ! そんなにありますか。すみません。さっきまで大丈夫だったのですが」 「悪い。相当きつかったろう。今日は無理させたな」  後悔の念が混ざる言葉に、僕の方が苦しくなる。 「違うんです。本当に楽しかったんです。僕の方こそ、ごめんなさい」 「謝るな。ここは謝るシーンじゃないぞ」 「すみません」 「はぁ……また……弱った瑞樹は悪い子だな」 「そんな」 「とにかく眠って、よく休め」 「おにいちゃん、だいじょうぶ? ゆっくりやすんでね」  芽生くんにも心配かけてしまったな。    宗吾さんが冷たい氷枕と冷却シートをあててくれると、ひんやりと気持ち良かった。  先日僕が芽生くんにしてあげた事を、今度は僕がされている。  なんだか、これって擽ったい……  信頼できる人から献身的に看病を受けるのって、こんな心地なのか。  心も躰も安心しきったせいか、そのままベッドに沈み込むように眠りに落ちてしまった。 「う……」  寝汗が不快でハッと目覚めた。  時計を見ると、夜中の2時時だった。  すると人影が傍で動いた。 「瑞樹、起きたのか。水、飲むか」 「……宗吾さん? あの、まだ眠っていなかったんですか」 「あぁ君が心配でな」  宗吾さんが照れ臭そうに笑っていたので、胸の奥がじんとした。    ずるいな……こういう時の宗吾さんはカッコ良過ぎる。 「あの……明日に響きますから、もう眠って下さい」 「ずいぶんうなされていたよ。もう一度パジャマを着替えよう」 「……はい」  まだ熱はあるだろうが、さっきよりぐっと楽になっていた。  今考えると、花火大会に行く前から調子が下り坂だったのかもしれない。絶対に芽生くんをお祭りに連れて行くと意気込んでいたので、知らず知らずのうちに踏ん張っていたのかな。 「よし、いい子だ」  真新しいパジャマは、さらりとして気持ち良かった。しかもさっと汗をタオルで拭いてもらって、至れり尽くせりだなぁと感激した。 「なんだか……『お父さん』みたいですね」     心の声を思わず口に出すと、宗吾さんは何故かがっくしと肩を落とした。 「うーむ『お母さん』じゃなくて?」 「えっ……くすっ、もう病人を笑わせないで下さいよ」 「悪い悪い、今の俺は瑞樹のお母さんモードで、君に接しているのだが……心を『無』にしてだな」 「『無』って? あ……」 「さっきからちらちらと君の……目の毒だ」 「え? あっ──もう……やっぱり宗吾さんは、お父さんでもお母さんでもありませんね」 「じゃあ、何だ?」 「僕の宗吾さんです。その少し、へ……なところが」 「ははっ瑞樹、そんな口を聞けるとは、だいぶ元気になってきたんだな」 「……確かに、少し楽になりました。ってうかこれが通常運転って、ちょっと問題ありませんか」 「だなっ」 「宗吾さんも今度は眠ってくださいね。僕、もうだいぶいいですから」 「あぁ君が眠るのを、見届けたらな」  今度はさっきより気持ちよく眠りに着いた。  目を閉じても……宗吾さんの優しい視線を感じて嬉しかった。 「おやすみ、瑞樹」 ****  翌朝目覚めると、熱は下がり微熱になっていた。 「37.3度か、良かった。ぐっと下がったな」 「はい。ずっと楽になりました」 「きっと夏の疲れが出たんだろう。今日は休めよ」 「え、でも……この位ならいつもは会社に」 「絶対に駄目だ! また無理してぶり返したら困るだろう。今日は仕事休めそうか」 「あ……はい、内勤ですので」 「じゃあ、休むこと! 有休がたっぷりあるだろ」 「……はい」  宗吾さんからキツク言われたので、夏休み最後の1日は芽生くんと家でゆっくり過ごす事にした。  思い返せば……  僕は長い期間、ずっと立ち止まらずに歩んで来た気がする。駆け足ではなかったが、立ち止まる事が許されないと思っていた。  だからこんな風に会社を休むなんて、あり得なかった。  目から鱗が落ちるようだ。 「おにいちゃん、今日で8がつもおわっちゃうね」 「そうだね。あっという間だったね。夏休みに遠くに旅行に行けなくてごめんね」 「ううん、いろんなことをしたよ。ほら、見て!」  芽生くんが描いた絵には、夜空に色鮮やかな花火が上がり、その下で浴衣姿の3人が仲良く手を繋いでいた。 「ボクはワタアメをもっているんだ。おにいちゃんはリンゴアメだよ」 「どうしてボクはりんご飴なの?……昨日は食べなかったのに」 「パパがね、おにいちゃんには、今度ぜったいにりんごあめをなめさせたいって、うなってたから」 「ははは……(嫌な予感しかしないな)」 「じゃあ宗吾さんは?」 「パパはね、ボクとおにいちゃんの手をにぎるので、おおいそがしだよ」 「ふふっ」  明るい絵に、ほっこりした気分になった。  この絵は……夏樹、君が見たかった夢みたいだ。 「この絵は、おにいちゃんのおとうとくんにあげる」 「え? いいの」 「うん、ボクは、きのうみんなとおまつりにいけたから、この絵はテンゴクにおくってあげてね。おまつりって、こういうところですよーって、おしえてあげたいんだ。ボク、なつきくんのおにいちゃんだもん!」 「芽生くん……」  幼い子供の無垢な心に触れると、僕の心も優しくなれる……すっと凪いでいく。 「芽生くん、本当に大好きだよ」 「ボクもだよ。おにーちゃん、ねつさがってよかったね」 「うん!」  思わずギュッと芽生くんを抱きしめてしまった。  今年の夏は、遠くへは旅行出来なかった。  軽井沢に行く計画はあったが、お母さんの事もあり取りやめたのだ。  忙しない夏休みだったが……  『心の旅』をした。  天国に想いを馳せ、過去の記憶にも抱かれて……  今ここにいていいと、僕自身が納得できる夏となった。  明日からは9月だ。  まだまだ残暑厳しいが、季節は秋に向かって大きく動き出す。  宗吾さんと芽生くんと過ごす、次の季節も楽しみだ。  僕はきっと……  もっともっと、あなたたちに溶け込んでいくだろう。   『夏便り 28』 了 あとがき(不要な方はスルーでご対応下さい) **** 志生帆 海です。こんにちは! いつも『幸せな存在』を追って下さってありがとうございます。 今日で夏休み企画だった『夏便り』も、おしまいです。 なんだか最近は特に季節感たっぷりなヒューマンドラマになっていますよね。 あまり起伏のない日常のお話をだらだらと書いていいのかなと……たまに迷うのですが、皆様から沢山のリアクションで応援いただけ、これでいいんだ。このまま書いていいんだと勇気と元気をいただいております。いつも本当にありがとうございます。 私自身が彼らの日常を書く事で優しい気持ちになれるので、こんな感じでゆるゆると日常系なお話をもう少し続けたいと思っています。 もしよろしければ、瑞樹たちと秋も冬も過ごして下さると嬉しいです。

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