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心の秋映え 1
「瑞樹、お帰り。広樹から手紙が届いていたぞ」
「本当ですか」
「君の部屋に置いてあるよ」
「ありがとうございます!」
会社から帰宅すると、デスクの上に白い封筒が置いてあった。
広樹兄さんから9月の4連休に結婚式を挙げると聞いていたが、いざ改まって招待状を受け取ると、妙に気持ちが高まってしまった。
5月に観覧車の上で教えてもらった話が、いよいよ現実となるのか。
(お兄ちゃん……とうとう結婚しちゃうのか)
昔のように心の中で『お兄ちゃん』と呼んでいた。
実は僕も相当なブラコンなのか……現実になっていくのを具体的に目の当たりにすると、やっぱり寂しさが募るな。おめでたい話なんだから、こんな風に思うのは駄目なのに。
「瑞樹、入ってもいいか」
「あっはい」
自分の中のざわついた気持ちに戸惑っていると、宗吾さんがノックして部屋に入って来た。
「結婚式の招待状だろう。それで、いつ出発する?」
「はい……潤が軽井沢から金曜の夜に来てくれるので、土曜日の朝一番の飛行機に行こうかと」
「成程、じゃあ金曜はここに1泊してもらえよ」
「えっ……いいんですか」
「もちろんだ、君の弟だろう。今回は大事なエスコート役だしな」
「なんだか、すみません」
恐縮してしまう。
何故なら函館の結婚式には、僕だけが行く事になっているから。宗吾さんや芽生くんは、招待されていない。
その理由は簡単だ。
函館はまだまだ小さな街で、人と少し違うだけでも後ろ指をさされるのが現実だ。まして僕は高校時代のストーカー事件もあり、何かと噂になりやすい。そこを母が心から心配してくれて……結婚式には本当は3人で参列して欲しいが、避けた方がいいという結論に至ったそうだ。確かに僕の家だけでなく、お嫁さんの方にも迷惑をかけてしまう事だから理解はできる。
……今回の主役は、あくまで広樹兄さんだ。
だから、でも……
頭では理解していても、やりきれない思いに駆られてしまうよ。僕は宗吾さんと芽生くんと家族になれたのを恥じていないのに……少し残念で……
「瑞樹、馬鹿だな。またそんな顔して。俺はそんな事、全く気にしてないよ。地方にはこっちとは違う特有の怖さがあるのを理解している。今回もし誘われても、俺の方から辞退するつもりだったよ。俺は瑞樹がいればいい。君が第一なんだよ」
「ですが……憲吾さんと美智さんは受け入れて下さったのに、なんだか申し訳なくて」
「あぁもう瑞樹、いいか。よく聞け」
「宗吾さん……」
「なぁ欲張るな。万人が味方でないのは君も知っているだろう。俺の兄夫婦には瑞樹の人柄と出逢いの偶然がいい具合に重なって、割とすんなり受け入れてもらえたが、何もかも望む通りに行かないのが現実だろう」
宗吾さんが僕の肩をしっかり抱いて、真剣な眼差しで諭してくれた。
「はい、分かってはいるのですが……すみません。その代わり、結婚式が終わったらすぐに戻ってきます」
「んーそれは必要ないと思うが」
「……どういう意味です?」
「これだ!」
宗吾さんがジャーンっと広げて見せてくれたのは、旅行のパンフレットだった。
「……あの?」
「せっかくの行楽日和の連休だ。広樹の結婚式は土曜日だろう? なら翌日から2泊3日で北海道旅行が出来るよな」
「え、ですが」
「瑞樹、函館では人目を気にするだろうから、レンタカーを借りて札幌や帯広方面を旅行してみないか」
「そんな」
「んっ? 俺たちに会いたくない?」
「もちろん会いたいです! 」
「君は帯広や富良野に行った事は?」
「恥ずかしながら……ないです」
宗吾さんはずるい!
いつも想定外のサプライズを用意してくれる。
だから僕の胸は、あなたにドキドキしっ放しだ。
「じゃあ決定だな。この夏は母の事もあって遠出できなかったから、秋の家族旅行を楽しもう!」
「はい!」
宗吾さんはいつも僕の迷いを、軽々と飛び超えてくれる。
「実はもう全部手配している」
「嬉しいです! じゃあ僕は一足先に行って、向こうで待っていますね」
「そうだ。それでいい」
僕の罪悪感を、楽しみと喜びで薄めてくれる。
あたたかい気持と、潔い行動力で包み来んでくれる。
「あぁ今度は笑顔で再会しよう。瑞樹~広樹が結婚するからって大泣きするなよ」
「しっ、しませんよ」
「どうかな? 君も実はかなりのブラコンのようだが」
「う……それはまぁ……」
「ははっどんな瑞樹も好きだよ」
チュッと頬にキスを落とされ、嬉しくなる。
「あの……僕が一番好きなのは宗吾さんですから」
「サンキュ!」
宗吾さんはいつだって……
僕を明るい方向に、笑顔が見える場所まで導いてくれる人だ。
「さぁ夕食にしよう」
「今日は何ですか」
「鮭のちゃんちゃん焼きだ」
「わぁ大好物です!」
「ビールでも飲みながら、旅行の計画を練ろう」
「いいですね」
たわいもない家族の日常会話が、今はとても愛おしい。
夏が過ぎ、間もなく実りの秋がやってくる。
僕たちの生活も、また一段と深まっていく。
そんな希望も込めて、カレンダーをまた1枚めくった。
僕たちの秋の始まりだ!
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