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心の秋映え 13
「瑞樹、大丈夫か」
「あ、宗吾さん!」
「芽生とそこで何しているんだ?」
「あ、その……」
芽生くんを秘密でお着換させるつもりだったので、どう返事をしようか迷っていると、宗吾さんの方が先に気づいたらしい。
「もしかして芽生、パンツも汚しちゃったか」
「パパぁ……ごめんなさい」
「いやちがうよ、芽生を怒っているわけじゃ……それよりパパがいたらなくて悪かったな」
「んーん、ちがうよ。パパはちゃんとおトイレについてきてくれたもん!」
「……ううっ、芽生はやさしいな。パパは反省ばかりなのに」
父と子のやりとりを、僕は微笑ましく見つめていた。
宗吾さんは離婚してから1年間、僕と出会うまで男手一つで(多少お母さんの手助けはあったが)芽生くんを育てていた。その事を本当に尊敬している。
芽生くん……今よりもっと小さかったし、出来ない事も多くて、大変だったろうな。
「あの、どちらが悪いとかはないと思いますよ。小さな子供にはよくあることですし」
「瑞樹も優しいな。どちらの肩も持ってくれて」
「本心ですよ。さぁお着換え完了! 芽生くん、潤と遊んできていいよ」
「わーい! じゅーんくーん、あそぼう」
『じゅーん』か。
ふふっ懐いてくれているんだな。
潤、喜ぶな……きっと。
芽生くんはさっぱりした顔で、パタパタと廊下を走り出していった。
「えっと、僕はこれを洗ってしまいますね」
濡れてしまったパンツとズボンを手に持つと、宗吾さんがすっと衣類を取り上げた。
「いや俺が洗うよ」
「ですが」
「いいから」
「あっ、はい」
宗吾さんが機嫌よく手でもみ洗いをしてくれるのを、傍で立って見守った。
「瑞樹、いつもありがとうな」
「え? 何がですか」
「君は……芽生が口に出せない事まで、いつもさっと読み取れてすごいな。俺は駄目だな。今日だって飛行機でイライラしちゃって反省だったし、パンツを濡らした事にも気付いてやれなかった」
なんだか宗吾さんの背中が、しょんぼりと寂し気だ。
こんな時……元気を出して欲しくて、力づけたくて、つい必死になってしまう。
「そんなことないです。 宗吾さんみたいに頼り甲斐のある包容力のあるパパはいませんよ。いるだけで安心感があって……僕だっていつもそう思っています」
「あぁ瑞樹の言葉はいいな。心から癒されるよ」
脱衣場の扉を、宗吾さんが後ろ手でそっと閉めた。
「手は洗ったぞ」
「はい?」
「だから、ちょっとだけいいか」
「え!」
顎を掴まれ、ちゅっと唇を吸われた。
ここは僕の実家の脱衣場で、しかも芽生くんのパンツを洗っている最中だったのに……いきなり日常から色事になったので、さすがに動揺してしまった。
「わっ、あの、あの……ちょっと待って下さい」
顔を反らそうとするが顎を掴まれ固定されたまま、ドラマに出て来るシーンのように壁にドンっと宗吾さんが手をついて、僕を見下ろしてくる。
う……この視線に、僕は弱いんだ。
宗吾さんの目力は強い。
だからすぐに僕を絡めとってしまう。
少しだけ目尻に皺を寄せて笑う時の顔も好きだ。
いい表情をする。大らかな大人の雰囲気で僕をすっぽりと包み込んでくれる。
「あ、あの……」
「瑞樹、昨日の分と今日の分だ。おやすみとおはようのキスをくれよ」
チュッっと啄まれ、今度はそのまま口を強く吸われる。
宗吾さんの香りがやってくる。
あ……心地いい。
求めていたもの、待っていたものに巡り会え、心が落ち着く。
宗吾さんは今の僕にとって少しも離れて居たくない人なんだと、しみじみと感じながら、僕も背伸びして唇を重ね合わせた。
「宗吾さん、僕が必要以上に人の気持を分かってしまうのは長年沁みついてしまった悪い癖だと……今までは思っていました。でもそれが芽生くんにとってはいい方向に働いているようで、なんだか嬉しくなります」
今の僕は……感じたままに、感じた事を安心して伝えられる。
宗吾さんは僕を裏切らない。僕を満たしてくれる人だから。
「あぁ、そうだ。それは過去を持つ瑞樹にしか出来ないことだよ」
「ありがとうございます。嬉しい一言です。それはとても」
「さっき、あの工事現場を通り抜ける時……」
逆らわずに流れに任せて伝えてしまおう。この事も……
「大丈夫だったのか」
「はい。行きは、僕の行先に宗吾さんと芽生くんがいるから頑張れました。帰りは、宗吾さんと芽生が一緒にいてくれるから頑張れました。もう僕の人生に欠かせないんです、二人とも」
「あぁ俺もだよ、瑞樹」
ギュッとそのまま抱擁しあった。
少しだけ、こうしていたいと思い、僕の手も宗吾さんを抱きしめていた。
「元気出たか」
「はい、宗吾さんは?」
「ばっちりだ」
「僕もです!」
顔を見合わせ、互いの額をコツンと合わせた。
あのシロツメクサの咲く野原でしたように、僕らだけの儀式を交わす。
さぁ旅に出よう。
僕らだけの思い出をつくりに……!
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