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心の秋映え 14

「じゃあ行ってきます」 「瑞樹、楽しい旅行になるといいわね。これ持って行って」 「ん? 何ですか」  母さんから突然白い封筒を手渡されたので、首を傾げてしまった。 「これは旅行中のあなたのお小遣いよ。何か欲しいものでも買ってね」 「え……」  この歳になって親からお小遣いをもらうなんて、申し訳ないし照れ臭くて、返そうとするが制されてしまった。 「いいから。一度こういう事してみたかったのよ。今更だけどね」 「ありがとうございます。じゃあ何か記念になるものを買います」 「そうしてね。あなたはいつも人の物ばかり買って、自分の物は欲しがらないし、買わなかったから……」 「あっ、はい」  函館に引き取られて最初に変化したのは……  自分の物に対する欲と執着がなくなった事だったのかもしれない。  一人生き残った僕は、何も持ってはいけない気がしていた。  だから奪われても文句は言わなかった。  むしろ奪ってくれていいとすら思っていたのだ。  今となっては、なんて自虐的な勝手な考えだったのか。  だから潤とのことは、潤だけのせいじゃないんだよ。僕自身の根底に自分を粗末に扱う自暴自棄な考えがあったからだ。  ここまで生きて来て……ようやく分かったよ。 「いってらっしゃい、兄さん。いい旅を。なぁ来年は軽井沢にも来てくれよ。それまでに候補地を見つけておくからさ」 「えっと、候補地って……?」 「決まっているだろ! 兄さんの家を建てる場所さ」 「僕の?」 「夏の間だけでもいいし週末だけでもいい。兄さんに空気がいい所で過ごして欲しくてさ。長野は空気も美味しくて草花も美しくて……最高なんだ」 「そうなのか……分かった。楽しみにしているよ」  僕の家か……  それは潤が、以前僕に語ってくれた夢だ。  潤が育てた花で僕が花束を作って売る。広樹兄さんも手伝いに来てくれて……  期間限定でもいいから叶えたい夢、叶えてやりたい夢だ。  夢を持つことも、宗吾さんと出会うまで放棄していた。  過去を振り返り、過去に気付く……  感慨深い出発だった。  母さんと潤に見送られながら、僕たちは秋の北海道旅行に出かけた。 ****  函館駅前まで歩き、駅前でレンタカーを借りた。 「ところで宗吾さん、どんな行程なんですか」  旅行のプランは、宗吾さんに任せていたので詳細を聞いてみた。 「あぁ千歳、帯広、旭川を2泊3日で周る予定だ。帰りは旭川空港だぞ」  帯広までは移動距離が結構あるので小さい芽生くんには少し負担だ。だから今日は千歳空港付近のホテルに泊まるそうだ。  これから、馬と触れ合える大きな公園で遊ぶとのこと。僕は函館に住んでいたのに道内を殆ど旅行していないので、ワクワクした。 「じゃあ僕が運転します!」 「いいから、ここは俺がするよ」 「でも東京から芽生くんを連れて来るだけで大変だったのでは……気疲れしていませんか」 「ははっ、それはその……まぁ図星だが、瑞樹と会ったら俄然元気が出たよ」  宗吾さんは確かに生き生きしている。 「特にさっきのがアレが効いた」 「宗吾さんはもうっ」 「即効性があるな」  僕とのキスで、宗吾さんは元気になったらしい。  僕はその逆で……宗吾さんとのキスで蕩けそうになって、少し眠たくなってしまった。  宗吾さんが傍にいてくれるだけで、ホッとするからかな。 「瑞樹~眠かったら少し眠ってもいいぞ」 「えっ……ですが、まだ午前中ですよ」 「だが昨日あまり眠らなかっただろう?」 「う……何で分かるんですか」  図星だった。  僕の手を握りしめてグーグーと眠ってしまった潤の顔を見ていたら、なかなか寝付けなかった。 『じゅーん』と呼んだ時に浮かべてくれた、弟らしい甘い顔が忘れられなくて、いつまでも見ていたくなった。眠るのが勿体なかった。 「そりゃ瑞樹のことだから、きっと弟を愛おしく見つめ過ぎてだろ? 一度寝てすっきりしたら、俺だけの瑞樹に戻ってくれよ、そろそろさ」 「何言って……あ、でもそうします。そうしたいです!」  この先は、宗吾さんと芽生くんとの家族旅行の時間だ。  切り替えたい、気持ちを。  それに『俺だけの瑞樹』という言葉が、僕の中で心地よくリフレインしていた。  やっぱりいいな、宗吾さんって。  安心できるしホッとできる。  身をすっぽりと委ねたくなってしまうよ。   「おにいちゃん~なんだかボクも、はやおきしたから、すこしねむいよ」 「うん、じゃあ少しだけ……宗吾さん、道分かりますか」 「あぁナビが優秀だ。本当に眠っていいぞ。俺はひとりで運転でも苦にならない」 「お言葉に甘えて……少しだけ眠りますね」 「あぁそうしてくれ。俺には沢山甘えて欲しいんだ」 「……はい」  今度は芽生くんと手を繋いだ。  ポカポカな手。  手が熱いから、芽生くんもやっぱり眠たいんだね。  湯たんぽみたいな、温もりだね。 「おにーちゃん」 「なあに?」 「んーん、なんでもない。おにーちゃんがいるとやっぱりいいね」 「ありがとう! 嬉しいよ」 「起きたら、お馬さんのくにかな」 「そうかもね!」 「たのしみ」  僕を信頼しきった芽生くんの眼差しは、太陽の日差しよりも心地いい。  君の大きな黒い瞳に、北海道の様々な景色を焼き付けて欲しい。  僕と宗吾さんと過ごす家族の思い出を、刻んで欲しい。  9月下旬のひんやりとした空気。  紅葉も少しずつ始まっている。  楽しい旅行のはじまりだね。 「おやすみ芽生くん」 「瑞樹も一緒に休めよ」 「はい、宗吾さん」    

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