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心の秋映え 15
「よーし、しっかり運転するぞ!」
後部座席で、重なるように眠りに落ちてしまった瑞樹と芽生。
彼らの手がしっかりと握られているのを確認すると、一気に気が引き締まった。
この車には俺の愛しい人たちを乗せている。だから絶対に安全運転を心がけよう。
北海道の道は広くて真っすぐで解放的なので、ついスピードを出したくなる。だからこそ要注意だ。
実際……若い頃の俺はスピードを出すのがカッコいいと憧れ、社会人になってすぐスポーツカータイプの車を乗り回していたしな。
何でも早く速く回転させるのが、一番だと驕り昂っていた時期があった。
仕事も人も同じだと、勝手な解釈をしていた。
早く進めるのも大事だが、相手の心を伴えない事が多かった。
玲子との結婚生活では、彼女の心を置いてけぼりしたことも多々あった。
だが今は違う。
可愛い芽生の成長は、きっとあっという間に過ぎていく。だからこそ、毎日をじっくりと丁寧に味わいたい。
そして俺の恋人、瑞樹と過ごす時間は、時計の針が戻ればいいのにと願ってしまう程、楽しくて愛おしい。
瑞樹と芽生と過ごす毎日は、愛おし過ぎて堪らない。
本気で大切に過ごしたい。
景色を楽しむ余裕があるスピードで、進んで行きたい。
俺がこんなにも穏やかで優しい気持ちになれたのは、やっぱり瑞樹と出会えたからだよな。
換気のために開けた窓から入ってくる秋風が、彼の柔らかで明るい髪にふんわりと空気を孕ませ、毛先をそよそよと揺らしている。
その様子に白く可憐な花……スズランの楚々とした佇まいを思い出した。
花のように可憐な男。
それが瑞樹……俺の瑞樹だ。
やがて安全運転のまま、無事に目的地に到着した。
「おーい、着いたぞ」
「えっ……あっ……僕、本当にぐっすり眠ってしまったのですね」
瑞樹がパッと飛び起きた。寝起きがいいのは相変わらずだな。
「あぁ安心しきった顔で眠って可愛かったぞ」
「うぅ……何だかすみません。運転を任せっきりで。次は交替しますね」
「あぁ頼むよ。さぁ降りてみよう。おーい芽生、もう着いたぞ!」
まだぐっすりだった芽生を瑞樹が抱っこして降りて来る。
芽生は昨日から俺とふたりで頑張っていたせいか、今日は瑞樹にべったりだな。
しかし2時間近くぶっ通しで運転したので、流石に肩が凝った。
「うっ」
肩を回すと痛みが走ったので顔をしかめると、瑞樹が俺を見上げ心配そうな顔をした。
「宗吾さん、大丈夫ですか」
「あぁでもそうだな~宿に着いたらマッサージしてくれないか」
「えぇ喜んで」
やった! お楽しみがひとつ出来たぞ。
瑞樹のマッサージか。デレそうになる顔を慌てて引き締めた。
まずい……なんか最近の俺、オッサンみたいだ。
「パパぁ、もっとシャキンとしないとダメだよぉ」
うっ……母さんが乗り移ったような芽生の発言に、瑞樹が弾けるように笑った。
「あはっ芽生くんってば! それはないよ。まだ宗吾さんは、30代前半だよ」
「んーん、おばあちゃんがいつもパパに言うの。『きもちもわかくもちなさい』ってね」
「えーそんな事を? でも宗吾さんは気持ちも、十分若いよ。ほら、変な方向に突っ走っている時もあるしね」
「あーそれわかる~あの、パンツのヘンタイさんの時だね」
「あ……う、うん」
好き勝手言われて、苦笑してしまった。
でも最近の俺って……確かにキャラ崩壊しているかもな。
「おーい瑞樹、君まで酷いな」
「えっと……でも……僕はそんな宗吾さんが……」
「ん? よく聴こえないぞ」
彼が頬を紅潮させている。
お! こういう顔をする時は、甘い言葉が降って来る時だ!
「みーずき」
「あ、あのですね……」
「聞かせて」
「う……」
「俺、一人で運転……頑張ったんだけどなぁ」
「あ、あの……」
「ん?」
ワクワクした気持ちで顔を寄せると、瑞樹は小声で「そういう……そうくんが好きなんですよ」と言ってくれた。
彼の温かい吐息が耳朶を掠め、擽ったい。
面映ゆく微笑む瑞樹が、眩しかった。
俺が欲しい言葉を、いつもポンっと置いてくれる君が好きだ。
俺は北の大地のひんやりとした空気を胸一杯に吸い込んで、青空を貫くように大きく伸びをした。
「うぉ~!」
「ねーねーおにいちゃん、パパは森のクマさんみたいだね」
「そ、そうかな」
「うん、やせいのくまさん」
「くすっ」
「おーい。全部聴こえているぞ!」
****
千歳空港からほど近い場所に、目的のテーマパークはあった。
「よし、今日はここでゆっくり遊ぼう」
馬と触れ合うアクティビティが沢山あるので、今日はここで夕方までゆっくり遊ぶ。フリー旅行の醍醐味だよな。
「パパ、レストランまで、あれに乗っていきたいな」
「ランドカーか」
「あ、じゃあ僕が借りてきますね」
こういう時の瑞樹は、フットワークが軽い。
秋の紅葉が始まった雄大な山並みや毛並みのよい馬を眺めながら、広いパーク内をゆっくりとした速度でドライブした。
運転は瑞樹で、隣には芽生がちょこんと座っている。俺は後ろの座席から、今度は二人を見守る役だ。
普段乗らない乗り物に芽生は大興奮で、大きな瞳をキラキラに輝かせていた。
「昼はBBQでいいか」
「えぇ」
「じゃあそこを右に曲がってくれ」
「はい!」
瑞樹の運転は、彼の人柄を表すように丁寧だった。同乗者の乗り心地を第一に考えているらしく、きめ細やかに滑らかに運転する。
俺とは大違いで、本当に乗り心地がいい。
小さなランドカーだと、よりその気配りが心地よく響いた。
時間の流れが、いつもより更に緩やかだった。
秋の日は短いが、心の時間は長くなるようだ。
きっと、実りの秋だから。
君たちと一緒にいるから。
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