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心の秋映え 17
「次はあっちに行こう」
「えっと、乗馬ですか」
「わーおウマさんにのれるの?」
「あぁ『観光ひき馬』をしてみよう。スタッフに手綱を引いてもらえるから、気軽に乗馬を楽しめそうだ」
「楽しそうですね」
芽生が普段出来ない事を、沢山経験させてやりたい。
あぁ世の中の父親の気持が、痛い程分かるな。
玲子との結婚生活でも夏休みに家族サービスで旅行はしたが、あの頃の俺は本当に最低で義務だ義理だという考えが、渦巻いていた。
本当に申し訳なく、勿体ないことを沢山してしまった。
「よーし芽生、パパと乗るか。それとも瑞樹とにするか」
「芽生くん、どうしようか」
どちらでも対応できるので、芽生の気持に任せようと思った。
ところが……
「んーっとね。ボク、小さいおうまさんでいいから、ひとりでのってみたいな」
芽生が指さす方向には、小さなポニーがいた。
「えっ芽生がひとりで?」
「えっ芽生くんがひとりで?」
瑞樹と俺は顔を見合わせて驚いてしまった。その答えはお互いに想定していなかったからな。
「一人で大丈夫なのか」
「だってほら、ボクみたいな子も、あそこでひとりでのっているよ」
確かに看板には身長90cm以上の子供はひとりで乗れると書いてあるが……
うーむ、ここは親として、息子の成長を見守る時だよな。
「分かった。頑張って来い」
「うん! いってくるよ! パパ。おにーちゃん、ボクをみていてね」
「芽生くん、じゃあ僕が乗り場まで連れて行ってあげるね」
「うん!!」
白い木の柵にもたれて眺めていると、やがて芽生が馬に乗って現れた。
緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばして、ちゃん手綱を握っている。
あーいつの間にか、抱っこにおんぶと年の割に甘えん坊だった芽生も、こんなに成長していたのか、感慨深いな。
「芽生くんすごい!」
瑞樹は並走しながら写真を撮っていた。
君の一眼レフのファインダー越しに見える芽生はどうだ?
君もきっと同じように、芽生の成長を感じているだろうな。
「パパー! おにいちゃん」
手を振ろうとするので、ハラハラした。
「手はいいから、ちゃんと掴まってろ!」
「はーい!」
俺の目の前を通り過ぎ、どんどん小さくなっていく。
子供の成長を目の当たりにして、胸の奥がじんとした。
「宗吾さん……」
いつの間にか瑞樹が隣に立っていた。そして本当にさりげない仕草で、柵にかけた俺の手に自分の手を重ねてくれた。
「芽生くんは、こんな風に、この先もどんどん成長して行くのでしょうね」
「あぁそうみたいだ。今日は急だったので、思わず泣きそうになったよ」
「感慨深いです。でも同時に楽しみですね」
「そうだな。俺たちの手を離れて行くが、芽生が手を伸ばした時は、いつでも掴んであげられる距離にいような」
瑞樹は俺の言葉にコクンと頷いて、花のように微笑んでくれた。
君の優しい笑顔が眩しいよ。
「はい! 僕もずっと傍にいたいです」
「あぁ瑞樹と見守る。だから俺は寂しくないぞ」
「僕もです」
子供は巣立つものだ。それは分かっている。
玲子が芽生を置いて去った後、芽生はいつも俺に寄り添ってくれていた。俺を励ましてくれた。
俺に似ず情の深い、いい子に育ったよな。
父子で試行錯誤で失敗だらけだった2年近く、芽生も本当に頑張ってくれた。
そのご褒美みたいに瑞樹に出逢い、芽生も俺も拠り所をみつけた。
そんな芽生が来年には小学生になるのか……月日が流れるのは早い。
「宗吾さん、僕たちもまだまだです。これからですよ」
「あぁ」
いつの間にか、君はこんなに明るい顔をするようになったのか。
前向きな事を言えるようになったのか。
それが嬉しくて、早く宿に入って、こっそり抱きしめたいと願ってしまった。
****
「ダ……ダブルベッド???」
その晩は、近くの簡素なビジネスホテルに泊まった。
夕食を食べてからチェックインするし翌朝も早く出発する予定だったので、手っ取り早く千歳空港近くの安い部屋をネットで選んでおいた。
しかし……ダブルベッドだったか。おかしいな。
狭い部屋のポンっと置かれたベッドを前に、瑞樹が呆然としている。
「せ、狭いですね。流石に男二人では……っていうか、これは間違いですよね。さっきフロントではツインルームって言っていましたし、電話して部屋を替えてもらいましょうか」
瑞樹がフロントに電話しようとしたので、止めてしまった。
「いや、きっともう満室だろう。それより早く風呂入って寝よう!」
「おふろ、おふろ!」
芽生も眠りたいのか、ひとりでさっさと服を脱ぎ出した。
「……じゃあ僕は床で眠りますので、宗吾さんと芽生くんでゆっくり使ってください」
「馬鹿だな。何言ってんだ? 3人でくっついて眠れば大丈夫さ」
「えっ」
芽生の前で瑞樹を抱きしめるわけにはいかないが、これはラッキーだ!
だから部屋を替えるよりも、このまま眠ることを熱望してしまった。
「……宗吾さんってば」
瑞樹は苦笑しながらも、芽生と風呂をさっと済まし素直にベッドに潜ってくれた。
「わぁ! きついよぉーおしくらまんじゅうみたい」
「はは、芽生はちょっと我慢しろ。ほら瑞樹は、もっとこっちに寄れ」
「あ、はい」
瑞樹の細い腰をグイっと引き寄せ、抱きしめた。
俺たちの間には芽生がいるので今宵は余計なことは出来ないが、こんな風に抱きしめて、くっつきあって眠ることが、堂々と出来る。
広くてのびのびした場所が良かったクセに、君といると狭くて近い場所が好きになってしまったよ。
君の香りが届く距離にいたい。
その晩は、瑞樹と出逢った意味、彼との繋がりを感じる夜だった。
芽生の成長を見守るのが、一人でなくて良かった。
君と縁があった事を、改めて感謝するよ。
俺は誠意と熱意を持って、これからも謙虚な瑞樹と過ごしていきたい。
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