448 / 1651

心の秋映え 18

「あっそうだ。すみません! 忘れていました!」 「ん? 何をだ?」 「夜、マッサージをすると約束していたのに」  どうしよう、すっかり忘れていた。    僕は一度自分からした約束は必ず守りたいと思っているので、焦ってしまった。  すると宗吾さんは目尻に少し皺を寄せて、温かく微笑んでくれた。  大好きな人の笑顔は、僕を安心させてくれると実感する瞬間だ。 「おーい瑞樹、そんなに心配そうな顔すんなよ。マッサージもいいが、俺はこっちの方が更に嬉しいけど?」  宗吾さんが僕の腰を、ギュッと更に強く抱きしめてくれた。  触れてもらっている場所に、危うい熱が生まれそうになってドキドキした。 「あ、あの……っ」 「パパ~そんなにギュウッとしたら、ボクがおせんべいになっちゃうよ!」 「はは、そうかそうか。ごめんごめん」 「芽生くん、ごめんね」  芽生くんは僕と宗吾さんを交互に見つめ、ニコニコしてくれた。 「パパとおにいちゃんが、すっごくなかよしでうれしいな! 3人でリョコウきてよかったねー」  確かに!  僕と宗吾さんはいつも仲良しだが、旅行に来てから、また一段といい感じだ。  照れ臭いけれども、芽生くんにそんな風に言ってもらえて上機嫌だ。 「さぁもう寝るぞ」 「はーい」 「おやすみなさい」 ****  ところが……困ったな。  函館から千歳までの道中たっぷり眠ってしまったせいか、まだ眠くない。  運転に集中してくれた宗吾さんは、もうぐっすりなのに……  明日も早いから早く寝ないといけないのに。  モゾモゾとしていると、隣から小さな声が聴こえた。 「……おにーちゃん」 「あれ? 芽生くんもまだ起きていたの?」 「うーん、あのね、あんまりネムくないんだぁ」 「あーやっぱり、僕たち車で寝すぎちゃったのかもね」 「うん……」  芽生くんもモゾモゾと窮屈そうに動き出す。  ここ……流石に狭いよね。 「なんか……おのど、かわいたなぁ」 「じゃあ、お水飲もうか」 「うん!起きてもいい?」 「いいよ」 「やったー」  悪戯っ子のような笑顔で、芽生くんが飛び起きた。  すると宗吾さんの躰が、空いたスペースをどんどん占領してきた。僕もそっと宗吾さんの腕から抜け出ると、結局ドテンっと大の字になってしまった。 「くすっ、やっぱり狭かったのかな」 「パパはぐっすりだね」 「このまま寝かしてあげようね」 「わかった!じゃあ、しーっだね」  芽生くんが人差し指を唇にあてて、僕を伺うように小首を傾げた。  その仕草にキュンっとしてしまった。  癒されるなぁ……  芽生くんとベッドを背に床にブランケットを敷いて座った。  灯りは懐中電灯のみだ。 「おにーちゃん」 「なぁに?」 「なんだかここはテントの中みたいだね」 「本当だね。芽生くんはキャンプに行った事あるの?」 「ないけど、コータくんの夏休みの絵日記で見たんだ。ボクも行ってみたいな。どんな所だろうね」  お友達の絵でしか見たことがないのか。僕も記憶には残っていないから、経験がないのかな。でもちょうどさっき宗吾さんとキャンプに行きたいと話したばかりだ。  これはぜひとも叶えてあげたいな。 「行ってみたい?」 「うん! 行きたい!」 「じゃあパパにおねだりしようね」 「うん! おにーちゃん、ヤクソクだよ」    こんな風に、次のしあわせな約束が出来るのって、いいな。  僕はね……『約束』は守りたい……守ってあげたいんだ。  約束とは種類や内容にかかわらず、人との信頼関係に影響する大切なものだろう。だからどんな小さな約束でも、大切に扱って、きちんと守りたいんだ。  芽生くんと今、交わした口約束のような軽いものであっても、誠意を持ちたいな。  そういえば……今まで学生時代や社会に出てから交わしたいくつかの約束は、うやむやにされてしまう事も多かったな。  約束を破っても別に許してくれるだろう、小さな約束だから別に守らなくてもいいよね。  そういう雑な気持ちが相手に見え隠れした時は、忍耐強い僕も……やはり人並に悲しかった。  もちろん正当な理由で、約束が守れない時や延期されるのは、ちゃんと理解できる。  でも……そうではない時の話だ。 『瑞樹~悪かったな。すっかり忘れていたよ~もしかして待っていた?』 『大丈夫だから……気にしないでいいよ』  そんな風に当たり障りなく答えながらも、心の中では密にがっかりしていた。  そういう経験も踏まえて……やっぱり僕がされたら嫌な事は、やっぱりしたくないな。 「芽生くん……僕はちゃんと『約束』を守るよ」  頭の中で難しい事をあれこれ考えていたようで、自分に念を押すように呟いてしまった。 「ふふっ、おにいちゃんは、おもしろいことをいうんだね」 「えっなんで?」  芽生くんは、不思議そうに……驚いた顔をしていた。 「だってそんなのあたりまえだよ。まもらないおヤクソクなんてあるの?」    その答えに、逆に僕がびっくりした。  そうか、そうなのか。  大人になると頭でっかちになってしまうなと苦笑した。 「おにーちゃん、ヤクソクってまもるためにあるんだよね?」 「……そうだったね、芽生くん」   子供の心は、どこまでも澄んでいて透明だ。  大人になってすっかり忘れてしまった純粋な気持ちを、また思い起こさせてくれる。  大人になると……どんどん人間関係が複雑になり、交わす約束も複雑になる。  だからこそ初心は忘れずにいたい。  難しい言葉よりも、シンプルな言葉が心を打つ。   「芽生くんと一緒にいられて、本当に幸せだよ」 「おにいちゃん、ボクもだよ。おにいちゃんがいてくれると、まいにち、とってもたのしいよ」 「ありがとう! ねぇ芽生くん、このお部屋、少し寒くない?」 「うん、すこしさむいねぇ」 「じゃあ、おいで!」 「うん!!」  芽生くんが僕の胸元に、飛び込んでくれる。  湯たんぽみたいに温かい芽生くんを抱いて、そろそろ眠ろう!  すうすうと……子供のあどけない寝息は、最高の子守歌だからね。  やっぱり、これは幸せな音だ。  僕たちはまるで巣籠するように、毛布を深く被った。 「おやすみ、芽生くん」 「おやすみ、おにーちゃん」 あとがき(不要な方はスルーです) **** こんばんは志生帆 海です。 いつも読んで下さって、優しいリアクションで応援をありがとうございます。 プライベートの話になりますが、責任を負う仕事に就いて1年経ちました。 仕事の日は神経をすり減らして帰宅します。 そんな時に、無性に書きたくなるのがこの『幸せな存在』です。 優しい三人の幸せに癒されたくて……    

ともだちにシェアしよう!