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心の秋映え 19
夜中に、はっと目覚めた。
僕は芽生くんを抱っこしたまま、ベッドにもたれて眠っていた。
このままだと……明け方、宗吾さんが気づいた時にがっかりするだろうと思い、芽生くんを抱っこしてベッドに戻った。
「くすっ、さっきは大の字だったのに、今は端っこに寄っていますね」
まるで僕たちのために、スペースを空けてくれているようだ。
「……お邪魔します」
宗吾さん、芽生くん、僕の順番で川の字に並んで眠る。
少し狭いけれども、ギリギリセーフかな。芽生くんがまだ小さいから出来ることだ、これって……そう思うと、この時間がまた愛おしくなった。
「ん……みず……き? どこだ」
「ここに、ちゃんといますよ」
「もっとこっちに……おいで」
「はい」
寝ぼけ気味な宗吾さんにもう一度深く抱きしめてもらうと、3人の距離がぐっと近くなり、心臓の鼓動が重なった。
ホテルの手違いはハプニングだったが、僕らにとっては嬉しいサプライズだったようだ。
やっぱり宗吾さんと芽生くんと過ごす毎日は、僕にとって最高だ。
****
朝早くにビジネスホテルを出て、帯広市内へ移動した。
帯広までは僕が運転させてもらった。移動距離の長い北海道旅行だ。宗吾さんと適宜運転を交替したいと申し出たのを快諾してもらえた。
僕も家族として、役に立てるのが嬉しい!
帯広に着いたのは昼前だったので、地元で有名な豚丼のお店に入店した。
「どうだ?」
「えぇこれは最高です!本当に美味しい昼食ですね」
「わぁぁ、おニクがお皿からはみでているよ」
「そうかそうか、瑞樹は運転を頑張ったから、一杯食べろよ」
「あ、はい」
「そして芽生は大人の分量を食べられるかなぁ」
「がんばるもん!」
吟味した極上の豚ロース肉を炭火でじっくり焼きあげ、秘伝の深いコクのあるタレをたっぷりかけた豚丼だった。
お肉は芽生くんでも噛み切れるほどに柔らかいし、炭火焼きで焼き上げているので、端っこがカリカリと香ばしくて絶品だ。
あまりの美味しさに、3人共、暫く無言になってしまう程に。
「瑞樹、この店の味は最高だろう。前に出張で来た時に気に入って、実は行きも帰りも寄ってしまったんだ」
「あ、その気持ち分かります! 僕も感動しました」
同調すると、宗吾さんも嬉しそうな笑顔になった。
「良かったよ。帯広に来ないと味わえないからな。絶対に瑞樹と芽生を連れて来てやりたかったのさ」
「ありがとうございます!」
その土地でしか食べられない味がある……そういうのって、いいな。
今まで僕は花以外に関心がなくて、極まれに旅に出たって食事について何の拘りもなく、気にしたこともなかった。
いろんな意味で宗吾さんはという人は、人生を謳歌していると思う。
僕は片手で数えるられる程しか旅行をしていないので、旅の楽しみ方を全く知らない。
でも宗吾さんは違う。
大学時代から積極的に日本全国を旅行し、広告代理店に就職してからは頻繁に海外出張に行っていたそうだ。
僕と知り合ってからも、ニューヨーク出張に二回行っていたしな。
ポジティブでアクティブ。
明るい宗吾さんは、人生に貪欲だ。
一方の僕は人生に消極的だったと認めよう。
でも、もう自分を卑下しないことにした。
僕と真逆なのがいいと、言ってもらえるから。
僕は宗吾さんの考え方に感銘を受けるし、宗吾さんは僕の考えや生き方がいいと言ってくれる。だから今の僕には、宗吾さんと肩を並べて歩む道がちゃんと見えている。
かけがえの無い人生という道だ。
広かったり狭かったり、上り坂の時も下り坂の時もあるだろう、でもとにかく休まずにコツコツ歩んで行こう。
これは僕たちにしか歩めない道だ。
「おーい、瑞樹。美味しさのあまりトリップしちゃったのか」
「ち、違いますよ」
「旅先であんまり難しい事を考えるなよ。ほら、目の前の豚丼の美味しさを素直に受け止めればいいんだ」
「くすっ宗吾さんと話していると、難しいことも容易く思えてきますよ」
「はは、そうそう、それでいいんだよ」
宗吾さんは朗らかに笑って、僕の頭を雑に撫でてくれた。
「なぁ瑞樹、超えなくてはいけない山があるなら、不平不満を言いながら登ったり、あっちの山が良かったと他を羨むより、仲間と手をつないだり歌を歌ったり、素直に与えられた逆境を受け止めて、楽しむ位の勢いで進めば、案外、突破出来るものさ」
「本当にそうですね。そう思います」
ほらまた……こんな風に僕の気持を持ち上げてくれる。
「宗吾さんは、どうしていつも……そんなに前向きになれるのですか」
「それは……瑞樹、君の素直で謙虚な心を見習っているんだよ。今までの俺には素直さがなくて、物事を穿った目で見ていたし、順風満帆な時ほど自惚れていた」
まるで宗吾さんは自分自身を問い詰めるような言い方をした。
「いい時も悪い時もさ、素直でいられるって最高に強くて聡明なことなんだよ。瑞樹の特有の素直さが俺は好きなんだ」
「あの、嬉しいけど、くすぐったくて……そしてはずかしいです」
豚丼のたれのついた箸を、思わず落っことしそうになった。
「あれ? なんでこんな話に。豚丼について語ろうと思っていたのにヘンだな~」
「くすくす」
「いい笑顔だ。君は笑っていた方がいいよ」
「あ、はい」
なんだか気恥ずかしくなって、食べ終わると同時に混んで来たので、早々に店を出た。
「さぁ少し帯広市内を観光して、それからまた移動だ」
「次は富良野ですね」
「あぁラベンダーだけじゃない、秋の花畑を見に行こう!」
宗吾さんが差し出してくれる手は、いつだって力強い!
今だから。
今の僕たちだから……見ることの出来る世界へ。
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