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心の秋映え 20

 帯広市内には、ホワイトチョコレートが有名なお菓子屋さんの本店があるそうだ。 「瑞樹はケーキ、好きだろう?」 「あ、はい。甘いものは何でも好きです」 「そんなイメージだ。とっておきの店があるから寄ってみよう」  宗吾さんに案内された遊歩道の先には、緑の三角屋根とニレの木が目印の可愛いお店があった。 「あれ? なんだか僕の生まれた家に似ていますね」 「そうだろう。あのさ、ごめんな……今回は日程が詰まっていて、大沼に寄れないで」 「いえ、五月にお参りしましたので」 「……そう言ってくれると救われるよ。また来ような」 「はい!」  今回は家族旅行がメインだったので、大沼は通過した。でも心の中ではいつも両親と弟の眠るお墓の事を想っている。  宗吾さんには昨年の12月と今年の3月、そして5月と、函館と大沼に来てもらった。全部僕のためだったので、今回は純粋に北海道をゆっくりと旅行して欲しかった。  宗吾さんには寄れない事を詫びられたが、僕も同じ気持ちだったので一向に構わない。  むしろ天国から見守ってくれている家族に、僕のしあわせな旅行を見せたいと思った。 「さぁここだよ。中に入ってみよう」    木漏れ日の小路を通り抜けた先にある店内には、色とりどりの美味しそうなケーキがずらりと並んでいた。 「わぁ、きれいだね」 「本当に!」  このお店のお菓子はクッキーやチョコレートしか知らなかったな。生ケーキをこんなに扱っているとは驚いた。 「どれも美味しそうですね」 「せっかくだから、カフェで食べて行こう」 「いいのですか」 「最初から、そのつもりだったよ」 「わぁ! やった! あっ……」  なんだか僕、小さな子供みたいに喜んでしまった。  おまえにショーケースに張り付いて目をキラキラさせて…… 「すみません……宗吾さん、なんだか僕……少し恥ずかしいです」 「なんで?」 「だって旅行に出てから、ずっと妙なハイテンションじゃありませんか」  たまらず聞いてしまった。 「おいおい瑞樹、そんな事を心配したのか。相変わらず君は可愛いな」 「え……ですが」 「俺は君にそういう顔をさせたくて色々企画しているのだから、最高の反応だよ。ありがとう。素直に喜んでくれて」 「おにーちゃん、りょこうにきてからずっとごきげんで、ボクもうれしいよ。ねぇねぇどのケーキにする?」 「んーどうしよう。目移りしちゃうね」 「2ー3個、選べよ」 「え!」  宗吾さんって、本当にいつも豪快だ。  結局僕が選んだのは、このお店限定のホットケーキだった。  さっきお腹一杯豚丼を食べたはずなのに……別腹っていうのかな。これって。  真っ白なお皿にこんがり焼かれたホットケーキ。黄色いバターがのっていて、本当に美味しそうだ! 「わ、すごく美味しい!」  味は『王道』という言葉がぴったりだ。ボリュームのある厚みだが、中が柔らかくふんわり仕上がって、バターとメープルシロップがホットケーキの美味しさを更に引き立てていた。  北海道らしくバターの味も最高に美味しくて驚いてしまった。新鮮なクリームのように艶やかで、少しの塩気がホットケーキの優しい甘さに見事にマッチしていた。上にかかるメープルシロップも、甘すぎずバターとの相性が抜群だ! 「北海道の素材があるからこそ出せる味なんですね……流石ですね」 「そうだな。ホット―ケーキ、バター、メープルシロップ。それぞれの味が生きている。 どれもなくてはならないものだ。それぞれの持ち味で引き立て合っているな」 「本当にそうですね」  僕たちもそうだ。  宗吾さんが土台のホット―ケーキだったら、芽生くんがぴったりくっつくバター。僕はメープルシロップかな。ふたりを柔らかく包んであげたい。 「瑞樹……(バターとシロップが)……絡んでトロトロだな」 「え! ぼっ僕の……な、何がですか」  頭の中であれこれ考えていたので、急に飛び込んできた宗吾さんの言葉に、とんでもない想像してしまったようだ。  夜な夜な宗吾さんに抱かれる時、よく耳元で囁かれる言葉がこびりついているんだ!これはもう、きっと!  『瑞樹、君の蜜すごい。俺の指先に絡んでトロトロだな』って……  おそらく瞬時に耳朶まで赤くなったはずだ。  あぁぁ……僕ってこんな人間だった? 「おい、みーずき。こっち向いて見ろ。くくっまた悪い子だな。昼間から一体何を想像しているんだ? そんな可愛い顔をして」  突っ込まれて、苦笑するしかなかった。  気持ちを落ち着かせるために、テーブル席から大きなガラス窓の外を見ると、緑がまだまだ瑞々しかった。  中庭の小さな白い花と緑のコントラストが綺麗で、心和む空間だった。 **** 「ぱぱーけしきがすごいよぉー」  帯広から富良野へ向かう道には、とにかくどこもかしこも北海道らしい景色が広がっていた。  広大な十勝平野、そして遥か遠方には日高山脈の山並みが一望出来る。  北海道に生まれながら、僕はおそらく……初めてこの道を走っている。 「本当だ! 芽生くん、すごいね」 「ねー、おにいちゃん」  初めてみる景色に、僕も芽生くんと同じ気持で感動していた。 「だろう。ここは最高のルートさ。そして俺たちにとって最高の駅があるのさ」 「ん? それは何ですか」 「ほら、見えてきたぞ」  突然現れた駅舎にプラットフォーム、旧式の電車。  そして駅名は……   「え、『幸福駅』ですか、本当に?」 「そうだ。いい名前だろう。ここは廃線に伴い駅舎も廃駅される予定だったが、駅名の縁起の良さが人気で、観光地として残っているんだ」  「とても……いい名前です」 「じゃあ降りてみよう」  僕たち以外にも大勢の旅行者が、幸せを願いにやって来ている。 「皆、優しい表情で……いい光景ですね」 「あぁここに来る人は、皆、幸せを願っているからな。ほら、これが俺たちの切符だ」    宗吾さんが売店で買い求めてくれた記念切符を、手のひらに載せてくれた。  芽生くんと僕と宗吾さんの三人分だった。 「行先は皆、同じだよ」 「わーパパ。これきっぷなんだね」 「ありがとうございます」  幸せに向かって、僕たちは今、同じ電車に乗っている。  やがて芽生くんは途中で電車を降りて違う道へと旅立つかもしれないが、僕と宗吾さんはいつまでもいつまでも……一緒にガタゴトと揺れる電車で隣り合わせに座っていたいな。 「夢がありますね。とても」 「旅は非日常だから、多少ロマンチックな事を言ってもいいよな」 「そう思います。僕は宗吾さんと芽生くんと楽しい旅行が出来て、幸せです」 「君とは、いつまでも一緒だ」  宗吾さんは自分で言って照れたのか、秋の青空に思いっきり手を伸ばして深呼吸していた。 「はい! 僕もいつまでも一緒にいます」  宗吾さんが僕に贈ってくれた言葉が嬉しくて、素直な気持ちを伝えたかった。  

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