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心の秋映え 33
「さぁ入るぞ」
「うん!」
駐車場で俺に叱られた芽生も瑞樹に慰めてもらって、すっかりご機嫌になっていた。
瑞樹は本当にきめ細かいケアをしてくれる。
俺にとっても、瑞樹がいてくれてよかった。彼のフォローが入らなければ、せっかくの動物園なのに気まずいままだったろう。
「ほらマップだ。芽生、まず何が見たい?」
「んっとね~あ、ホッキョクグマがいい!」
「ははっ北海道っぽいな。よしこっちだ」
メインストリートをまっすぐ歩いた場所に、早速ホッキョクグマがいた。
巨大プールがあるので、ホッキョクグマのダイナミックな飛び込みや泳ぐ姿がよく見え、また堀を利用した檻のない放飼場なので、陸上での様子もよく観察できるようになっている。
更に陸上にはプール側から透明なカプセルが設置されており、アザラシの視点からホッキョクグマを観察できる仕組みになっていた。
「わぁ~おもしろいね」
芽生は巨大プールの水槽前にしゃがんで、興味深そうに眺めていた。
「なるほど、これがいろんな視点から動物を見られる展示方法というわけか」
「そのようですね。僕も見てきます」
様々な視点か……人間が相手や場所によって印象が変わるのと同じだ。これは芽生にとって、いい体験になりそうだ。
「わあぁぁーおっきい!」
「芽生くん、見える?」
「うん! おにーちゃんもこっち来て来て」
ホッキョクグマは気持ち良さそうにプールに潜ったり、カプセルから顔をのぞかせたりと動きがあって面白かった。瑞樹も子供みたいに芽生の横にしゃがみ込んで夢中になっていた。
「ダイナミックに泳ぐ姿も地上を悠々と歩く姿も、カッコよくて可愛いですね。なんだか宗吾さんに似ていませんか」
「えっ俺? 」
「はい! 宗吾さんにそっくりです! 」
瑞樹が嬉しそうに断言する。
「そんなに似てるか」
ホッキョクグマと顔を突き合わせてみた。
うーむ、この場合……喜んでいいのか悪いのか。
まぁ『ダイナミックで悠々としている』は、誉め言葉か。
「じゃあ瑞樹は何だろうな? 探してみよう」
「えっ、僕はいいですよ」
瑞樹が照れくさそうに、手を顔の前で左右に振って遠慮する。
お! この仕草は、俄然俺のやる気が出る瞬間だ。
俺は瑞樹が照れくさい顔をするのを見るのが、大好きだからな!
そしてすぐに見つけた! バンビみたいに可愛い鹿を。
「君は、あそこのエゾジカだな」
「鹿……ですか」
「エゾジカは美しいんだ。だからだよ。ほらほら、あそこに美人な子がいるぞ」
「ん? でも……あれって、メスですよ?」
「ん? まぁそれはそうと……すごく優しい目をしているなぁ」
瑞樹に似たほっそりとした脚のエゾジカが、こちらをじっと見つめていた。
茶色の毛並みは瑞樹の髪色を彷彿させるし、黒い穏やかな目も彼に似ている。
「うーん、僕はオスの立派なツノにも惹かれますが」
「そうかぁ? 瑞樹は優しいからツノなんて持ってないだろう」
「くすっ、それは分かりませんよ?」
「おっと怖いな」
「宗吾さん限定でツノ生やすかも……練乳とか……もう絶対に駄目ですからね! 」
「くくっ、自分から言うなよ」
「あ! もうっ──」
ポンポンっと彼の頭を叩いてやると、気を取り直したようで、軽やかに笑ってくれた。
「宗吾さんには敵いません、さぁ見ましょう」
説明によると『エゾジカの夏毛は茶褐色に白い点々の模様があり、シカの仲間でも特に美しい』そうだ。
あぁだから可愛いバンビみたいだと思ったのか。
そして冬毛は白い点々の模様が消え、灰褐色へと変化するとのこと。
なるほど動物園のエゾシカでも、北海道の四季によって表情や体つきが変わっていくのか。そう言えば瑞樹もこの1年……四季折々、いろんな表情を見せてくれた。
そんな部分も淡く重なっていく。
「パパはクマさんで、おにいちゃんはシカさんかぁ」
「そうだ! 芽生くんに似た動物も探してみよう」
「うん、ボクはなんだろう?」
「そうだね。ワンちゃんとか」
「ちがうちがう。もっとね……えっと、もしかしてライオンくんかな、それともトラさんかな~? おにいちゃん、ボクは大きくなったら、つよくたくましくヘンシンするよ! 」
「えぇ?」
芽生が得意げに宣言したので、俺と瑞樹で顔を見合わせてしまった。
芽生の夢は、男らしく壮大だった。
「まぁ子供はそうでなくちゃだな! 芽生、偉いぞ! 夢は大きくだ」
瑞樹は少し困惑した表情を浮かべていた。
「宗吾さん、僕は将来きっと芽生くんに背丈も体格も抜かされるでしょうね」
「まぁそうだろうな。俺の遺伝子が意外と濃そうだ」
「んー複雑ですね」
「まぁでも芽生は永遠に俺たちの子供ではあるけどな」
瑞樹の顔が輝く……
「はい!そうですね」
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