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心の秋映え 34

「瑞樹、ここに来てよかったな」 「はい! この動物園は格別ですね。ただ動物を檻の中に入れて見せるだけはない工夫が凝らされていたので、色々な表情を楽しめましたね」  瑞樹の言葉に、全くもって同感だ。    しかし旅はいいな。君と日常生活から離れた話題で盛り上がっていると、10歳ほど年齢を遡ったようなピュアな気持ちになれる。気分も高揚し、このまま木陰でそっと君にキスしたくなる衝動に駆れらるよ。 「そうだよな。実は俺は動物園そのものがあまり好きではなかったが、ここは一味違ったよ。何しろ、動物も人ものびのびとしている」 「本当に……特にあのホッキョクグマが餌を目掛けてプールに勢いよくダイブする姿を、僅か数十センチのガラス越しに見た時の迫力には感動しましたよ。でも、実は僕が食べられそうでドキっともしました」  そういえば、さっき妙にビビッて可愛かったなぁ。  ガラスの前で尻もちついていたよな。  瑞樹らしいピュアな反応が、実に微笑ましかった。  そうだあの時と似てる!   「あーあれさ、ベッドで君にダイブする俺みたいだったろう」 「え? あっもう……宗吾さんはいつも一言余計ですね! もう……っ、芽生くんに聞かれちゃいますので、静かにしてくださいよ」  瑞樹は最近、俺のこの手の話題に耐性が出来たてしまったらしく、あまり驚かないであしらってくる。  君がはにかむ顔が見たいのに、むむむ、これはイカンとひとり思うのであった。    さてと目的地に辿り着いたぞ。今度は芽生のご所望で虎を見に来た。 「へぇ『アムールトラ』って、最も寒い地方に住む、最も大きいトラだそうだ」  この飼育所はトラと同じ高さから見たり、上から見下ろしたりと、さまざまな角度から観察できるようになっていた。そこから覗き込むと、芽生がひと際大きな歓声をあげた。 「あっパパーみてみてートラの赤ちゃんがいるよ!」 「おっ本当だ」 「わっわわ! 3とうもいるよ」 「おぉ!」  かなり興味深い光景だった。とにかく3兄弟がお母さんトラにくっつく、くっつく。もはや取り合いといってもいい程じゃれている。しつこい程に…… 「宗吾さん、あのトラの赤ちゃんって誰かに似ていますね」 「俺も同感だ」 「ふふっ宗吾さんは誰だと?」 「もちろん芽生だろう」 「ですよね! 僕もそう思いました」  やっぱり! 瑞樹とは気が合うよなと見つめ合っていると、芽生がブンブンと首を横に振った。 「ちがうよ!」 「えっ違うの?」  瑞樹が意外そうに聞き返した。 「うんと、ちょっとちがう。1とうはボクだけど、あと2とういるよね」 「あぁそうだね。じゃあもう1頭は……えっと、広樹兄さんで……もう1頭は……」 「それは俺だ!!」  年甲斐もなく潤にポジションを取られまいと、大声で叫んでしまった。 「くすっ宗吾さんはもうっ自分で認めちゃっていますね」 「パパ、ダイ・セイカーイ」  そうなのだ。  俺たちは皆、瑞樹のことが大好きだから、彼に甘えてくっつきたくなるのさ。  あのトラのようにシツコイまでにな。  そしてそれと同時に、彼を抱きしめて包み込んで甘やかしたくもなる。  その役目は俺に頼む! 一任してくれ! 「そうだ……広樹兄さん……元気かな。今頃何しているかな」 「おーい、彼氏が隣にいるのにブラコン発揮か」 「わ、すみません。そろそろ旅も終わりだと思うと、急に旅の始まりを思い出してしまいました」  旅には、絶対に始まりと終わりがあるもんな。  何事もそうだ。 「あぁそれって『始めあるものは必ず終わりあり』だな」  月の満ち欠けや海の干満……もっと深く言えば、人間として生きている間の……人生の浮き沈みや出会いや別れ……この世の道理を語っている言葉だ。  始めがあれば終わりがあり、終わりがあれば始めがある。  どんな時も。  なんとなく切なく虚しい気持ちが込み上げてくる。  瑞樹ともいつか終わりがあるのか……  関係としての別れはなくても、命の別れは誰にでも平等にやってくる。 「宗吾さん……僕と宗吾さんにもいつか終わりがくるのでしょうか」  瑞樹も不安そうに問いかけて来る。だから俺は力強く答える。 「あぁ終わりがくるかもしれないな。それが世の道理ならばな。でも終わりが来たら、すぐにまた始めよう。そうやっていつまでも一緒に繰り返していくのが俺たちだろう?」 「あ……そんな考え浮かばなかったです」 「変な話だが、天国でもシツコク君を抱くよ」  瑞樹が動揺する。だが俺は言葉を隠さない。 「な、なんかそれ不謹慎では……もう宗吾さんらしいです。いつも……いつも」  俺らしく行こう。  君が好きな気持ちを隠さずに真っすぐに伝えよう。  いつも、いつだって、そう誓っているからさ。    さぁ、そろそろ北の旅も締めくくりを迎えるぞ。

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