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深まる絆 12

 帰り支度をしながら……デスクでスマホを確認すると、妻から連絡が入っていた。 『憲吾さん、今日は予定通り早く帰れる? コロッケ沢山作り過ぎたので、今からお母さんの家に届けに行ってきます。だからお母さんと一緒に夕食を食べましょうよ』  メッセージの内容に、心が温まる。  私には勿体ない……優しい妻だ。自分から母の家に足を運んでくれるなんて。  母は父を亡くしてから独り暮らしで、しかも夏に心不全で倒れた経緯もあって、日頃から気になっているので、妻の優しい気遣いが嬉しかった。  妻とは死産をきっかけに考えが揃わない時期もあったが、母さんが倒れた時にお互い本音で話せるきっかけをもらえ、今はとてもいい関係を構築している。 「滝沢さん、どうしたんです?」 「いや、何でもない」 「珍しく口元が綻んでいるので、よほど良いニュースでも? 意外ですね、そんな顔をされるなんて」 「……コホン。そろそろ帰るよ」 「あ、はい! お疲れ様です」  職場では鉄仮面で通しているのに、私らしくないな。  最寄り駅に着くと、今度は私から妻に電話をした。つまりカエルコールだ。 「何か買い物はあるか」 「丁度良かったわ。あのね、憲吾さんにお買い物を頼んでもいい? 」 「何だ? 」 「うん……実はね、お母さんに言われてピンときたんだけど、もしかしたら妊娠したかも……もう二カ月も来てないのよ。ねぇ気になってしかたがないから、ドラッグストアで妊娠検査薬を買って来てもらないかな? 」 「はあ? 何で、俺が」  いきなりの頼まれごとに、動揺してしまった。  待望の妊娠の可能性があるのか……! だが検査薬は万全ではないと聞いたぞ。万が一、ぬか喜びになっては美智が気の毒だし私も落ち込む。だから検査薬なんかに頼らず、明日産婦人科に行った方がいいのでは。それに男の私がそんなものを買うなんて、邪道だろう。  つい、いつものように正論で返してしまうと、明らかに妻の声が沈んだのが分かった。彼女のワクワクした気持ちに水を差してしまったと、受話器を切ってから後悔した。  これでは結局今までと同じだ、いつもの私のままだ。美智の気持ちにもっと寄り添うと約束したのに、またやってしまった。  一度はドラッグストアを横目に通り過ぎたが、どうにもこうにも、心がモヤモヤする。 「えぇい! くそっ」  いつになく汚い言葉を吐き捨て、ものすごい勢いでドラッグストアの店内に入った。  売り場はどこだ?   そうだ、確か妊娠検査薬は男性物の衛生用品が陳列されている棚の隣にあったな。脇目も振らず、その売り場を目掛けて突進した。  恥ずかしいし柄ではない。だが美智が喜ぶことを、私だってしてやりたい。  ドシン──   こんな所に男性が突っ立っているとは!  誰かと思いっきり激突してしまった。  チラッと相手を見て、私は慌てて顔を伏せた。  マスクをしているが、見間違えるはずない。瑞樹くんがどうしてこんな場所に? ま、まさか私の代わりにお使いに? そうか……母なら頼み兼ねないな。私が断ったばかりに気の毒なことをした。  瑞樹くんは私を見るなり、慌てて逃げ去ってしまった。  私が意固地になったばかりに、彼に気を遣わせてしまったのか。まったく美智の夫としての心構えがなっていないな。もう恥ずかしがっている場合ではない、これでは男の矜持に差し障る。だから息を整え、妊娠検査薬を手に取り、堂々とレジに向かった。  会計を終え外に出ようとした時、男性二人が仲良さそうにあの売り場に立っていたので、苦笑してしまった。    あれは……宗吾と瑞樹くんか。  おいおい、やめないか。こんな近所で目立つだろう?  それにしても宗吾のデレた横顔は、しまりがない。  瑞樹くんはそんな宗吾にベタ惚れのようで……奇特な人だ。  これは一度、兄として礼を述べなくてはな。  温かい気持ちと夫としての使命感を果たした満足感を抱き、足取り軽く実家へ向かった。    さぁ彼らより早く帰ろう! そして美智を驚かせてやろう。  結果がどうであれ、妻の手助けが出来て嬉しい。もしも本当に妊娠していたら嬉しいが、そうでなくても、こんなワクワクした気持ちにさせてもらえて有難い。  彼女と心をひとつにする機会を、与えてもらったのか。そうか、こんなにも簡単なことだったんのか。  仕事のように正論で白黒はっきりさせるだけが、すべてじゃない。  人と人との心は、繊細だ。  相手の出方に寄り添っていくのも、時には大事だと気付かされたよ。

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