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特別番外編 SS ハッピーハロウィン
季節は廻り巡って、今日は10月31日ハロウィン当日だ。
夕方までに作業場で一体何個のフラワーアレンジメントを作ったのか、とにかくすごい作業量だった。
「葉山、もう帰るのか。このマリーゴールド余ってるって、いるか」
「え? 菅野、いいのか」
「あぁ持って帰っていいって」
「嬉しいよ。ありがとう」
「お前ならそう言うと思った」
というわけで僕は、大きな花束を抱えて帰宅した。
ハロウィンのアレンジメントに使うはずだったオレンジ色のマリーゴールドは、秋の夕日に映えていた。
オレンジのマリーゴールドの花言葉は「予言」。神秘的な意味合いが、ハロウィンにもぴったりだ。
幼稚園に迎えに行くと、芽生くんが壁にもたれて、少ししょんぼりしていた。
「どうしたの? 」
「お兄ちゃん、ううん……なんでもない」
「……そう?」
「うん。おかえりのしたくしてくるね」
「ここで待っているよ」
なんでもないお顔じゃないよね。さて、どうしたものかな。
するとこの間スーパーで会ったばかりのコータくんを見かけたので、聞いてみた。
「お! 芽生の、イケメンにーちゃん」
「はは、ありがとう。あのね……コータ君、今日って何かあるのかな」
「なんで? 」
「芽生くんが元気ないから」
「あぁ、にーちゃんは、芽生のマンションでハロウィンパーティーをするの、知ってた?」
「え? 知らなかった」
「ふぅん~あんがいドンカンだな」
鈍感!! うわっ地味にグサッと刺さるな、それ……
いや凹んでいる場合じゃない。ここはしっかり聞いておかないと。
「あの、パーティーって、何をするの?」
「マンションのお部屋をまわるんだよ、トリック・オア・トリートっていいながら。お菓子を集める夢のイベントさ」
「あぁ、そうだったのか……それって仮装して」
「当り前だよ。それが楽しみなんだよ」
全然気づいていなかった。そうか、僕は自分の仕事のハロウィンイベントで頭が一杯だったが、イマドキの幼稚園児のハロウィンって、そういうことをするのか。
どうしよう、そもそも仮装の準備もしていないのに……
あー僕は確かに鈍感だ。去年、月影寺であんなに楽しいハロウィンを過ごしたのに……すっかり忘れていた。
これは素知らぬふりをした方がいいかな。 いや、それはやっぱり可哀想だ。なんとかしたい!
「お兄ちゃん、どうしたの? こまったお顔だね」
「あ……うん、その……」
ふたりでマンションに帰宅してポストを覗くと、不在票が入っていた。
「おとどけものだー、だれからかな」
「うん、えっと、あ、美智さんからだ」
「オバサン?」
部屋に帰っダンボールを開けると、なんとなんと、僕の悩みを解決してくれるものが入っていた。
「芽生くん、見て!」
「わぁ! これってもしかして」
芽生くんの大好きな海賊のコスチュームだ。ジャケット・ブラウス・ズボンにベルト・帽子・帯 まで、全部揃っている!
「パイレーツだ! わぁぁジャックみたいでカッコいいー!」
「お手紙も入っているよ」
「わぁ読んで読んでー!」
……
メイくんへ
先日は赤ちゃんのことで、心配かけちゃってごめんね。芽生くんのイトコを、おばちゃん、がんばって産むから応援してね。
赤ちゃん用品のお店にオジサンと行ったら、可愛い海賊のコスチュームが売っていて盛り上がって、芽生くんに似合いそうだなと思って買ってしまったの。よかったらハロウィンで着てね。
……
タイムリー過ぎる!
「お兄ちゃん、着てもいい?」
「もちろん!」
赤いズボンに白いシャツ、黒いジャケット、黒いベルト……帽子を被れば小さな海賊そのものだ。すごく可愛い!!
「わぁいいね!」
「やったぁ僕、ハロウィンの仮装したかったんだ」
「あ、そうだ! マンションのパーティーにも飛び入りできるか聞いてこよう」
こうなったら僕も積極的に動きたい。
メイくんとマンションの共用の掲示板を確認すると『マンション子供ハロウィン参加者募集』というチラシが貼ってあった。
完全に……見落としていたね。ホントごめん。
「あら参加者ですか」
「あの、今からでも間に合いますか」
「いいですよ。何号室か教えて下さいね。夜の7時にここに集合して、お子さんがお部屋を周ります。親御さんはお家の玄関でお子さんにお菓子などを渡して下さいね。あの……今から20個も用意できますか」
「あ……がんばります。部屋番号は」
ちょうど話しかけてもらえてラッキーだ。
快く受け入れてもらえて、良かった。あとはお菓子か……
あ、そうだ。
「芽生くん、お菓子じゃなくて……お花でもいい?」
「お花! あーお兄ちゃんが抱えていたオレンジ色の?」
「そう。甘くはないけどいいかな? 」
「もちろんだよ。見て楽しむ甘さだね! カッコいい」
わ。芽生くんって、鋭いことを言うんだな。
そうだよ。
甘いって食べるだけじゃないんだ。
それを知っているんだね。
****
「お兄ちゃん、がんばって! 時間、間に合うかな」
「うん、間に合わす!」
急いで持ち帰ったマリーゴールドを1本1本ラッピングした。茶色と黒のワックスペーパーで包み、オレンジのリボンをつければ、小さなブーケの完成だ。
「お兄ちゃん、すごい、すごい!」
芽生くんのためなら、いつもの倍速だよ。
「出来た! わ、もう7時だ。芽生くんはそろそろ下に行かないと」
「うん。僕はバッチリだよぉ」
パイレーツ姿の芽生くんをロビーに連れて行くと、親御さんたちも仮装をしていたので驚いた。
そこまで? 聞いてない……僕はまだスーツ姿だし、大人の仮装なんて持っていない。
とにかく何か探さないと! 子供の夢を壊しちゃ駄目だ!
芽生くんを預けて部屋に戻り、箪笥をひっくり返すが何もない。途方に暮れていると、宗吾さんが帰宅した。
「みーずき? なんでこんなにちらかしているんだ?」
「宗吾さん! な、なんでタキシード姿?」
「あぁ今日は仕事でパーティーがあって、一度戻って着替えたんだ、カッコいいだろう? 」
「すごくカッコいいです!! ちょうどよかったです!」
「え?」
僕は宗吾さんの肩に黒いテーブルクロスを巻き付け、赤いリボンで縛った。ううう、ちょっと無理があるけど……これでドラキュラ伯爵でいいかな?
「ははは、あーこれ仮装か。それならいろいろ持っているぞ」
「え? 」
宗吾さんが自室のベッドの下から箱を取り出すと、マントやら……いろいろ出て来た。そこは埃が凄いので、普段近寄らない場所で、盲点だ!
「いつの間に!! 」
「いやぁ、そのうち瑞樹と遊ぼうと思って、集めていたんだ」
「??? と、とにかく今はお子さんの相手をしてくださいよ」
宗吾さんに光沢のあるマントと帽子を被せ、玄関に立たせた。
「宗吾さん、子供が今から沢山来ますから、このブーケを渡して下さい」
「おい? なんだこれ」
「マンションの子供たちのイベントなんですよ~」
「おーそうか。よし!」
やがてパタパタと楽しそうな足音と共に、黒髪でクリクリした瞳の魔女っ娘の登場だ。
わぁ、女の子の仮装って可愛い!海賊姿の芽生くんと並ぶと、いい感じだ。
「トリック・オア・トリート!! 」
「やぁ、可愛いねぇ。お嬢ちゃんにこれをどうぞ」
サービススマイルの宗吾さんですね。でも幼稚園児にウケるんですか。
「うわぁ~♡ オジサン、かっこいいー!」
うそ……意外と好評なのか。
それにその営業スマイル……なんだか妙に慣れてません?
というわけで、僕たちのハロウィン大作戦は、一応大成功だった。
芽生くんは沢山のもらったお菓子を並べて、満足そうに夢の世界へ……
そして僕は……
「そ、それを着ろと……そしてこれを渡せと? ありえません」
「今日は俺がんばったよな。だから、大人だけのハロウィンナイトしよう、瑞樹、トリック・オア・トリート!! 」
「う……もう、ほんとにほんとに……今日限りですよ」
ドラキュラ伯爵に捧げるのは、まさかの練乳だった。(この間買ったもんな……)
そして僕の衣装は、メイド服?(いつの間に?)
何てことだ!!
いやまて、練乳は甘い甘いお菓子だから、いたずらは回避できるかも?
なんてはずはなく、僕は夜更け過ぎまで、ドラキュラに食べられ続けた。
特に胸元を執拗に執拗に……
それはそれで甘くて、僕も幸せでもあって……
「宗吾さん……幸せそうですね」
「あぁ最高だ。瑞樹、ハッピーハロウィン!」
空には10月の2回目の満月 Blue Moon が浮いている。
神秘的で美しい呼び名に寄り添うのは、オレンジのマリーゴールド。
二人のハロウィンナイトを、存分に楽しんだ。
『ハッピーハロウィン』了
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