491 / 1740

特別番外編 SS ハッピーハロウィン

 季節は廻り巡って、今日は10月31日ハロウィン当日だ。  夕方までに作業場で一体何個のフラワーアレンジメントを作ったのか、とにかくすごい作業量だった。 「葉山、もう帰るのか。このマリーゴールド余ってるって、いるか」 「え? 菅野、いいのか」 「あぁ持って帰っていいって」 「嬉しいよ。ありがとう」 「お前ならそう言うと思った」  というわけで僕は、大きな花束を抱えて帰宅した。  ハロウィンのアレンジメントに使うはずだったオレンジ色のマリーゴールドは、秋の夕日に映えていた。  オレンジのマリーゴールドの花言葉は「予言」。神秘的な意味合いが、ハロウィンにもぴったりだ。    幼稚園に迎えに行くと、芽生くんが壁にもたれて、少ししょんぼりしていた。 「どうしたの? 」 「お兄ちゃん、ううん……なんでもない」 「……そう?」 「うん。おかえりのしたくしてくるね」 「ここで待っているよ」  なんでもないお顔じゃないよね。さて、どうしたものかな。    するとこの間スーパーで会ったばかりのコータくんを見かけたので、聞いてみた。 「お! 芽生の、イケメンにーちゃん」 「はは、ありがとう。あのね……コータ君、今日って何かあるのかな」 「なんで? 」 「芽生くんが元気ないから」 「あぁ、にーちゃんは、芽生のマンションでハロウィンパーティーをするの、知ってた?」 「え? 知らなかった」 「ふぅん~あんがいドンカンだな」  鈍感!! うわっ地味にグサッと刺さるな、それ……  いや凹んでいる場合じゃない。ここはしっかり聞いておかないと。 「あの、パーティーって、何をするの?」 「マンションのお部屋をまわるんだよ、トリック・オア・トリートっていいながら。お菓子を集める夢のイベントさ」 「あぁ、そうだったのか……それって仮装して」 「当り前だよ。それが楽しみなんだよ」    全然気づいていなかった。そうか、僕は自分の仕事のハロウィンイベントで頭が一杯だったが、イマドキの幼稚園児のハロウィンって、そういうことをするのか。  どうしよう、そもそも仮装の準備もしていないのに……  あー僕は確かに鈍感だ。去年、月影寺であんなに楽しいハロウィンを過ごしたのに……すっかり忘れていた。  これは素知らぬふりをした方がいいかな。 いや、それはやっぱり可哀想だ。なんとかしたい! 「お兄ちゃん、どうしたの? こまったお顔だね」 「あ……うん、その……」  ふたりでマンションに帰宅してポストを覗くと、不在票が入っていた。 「おとどけものだー、だれからかな」 「うん、えっと、あ、美智さんからだ」 「オバサン?」  部屋に帰っダンボールを開けると、なんとなんと、僕の悩みを解決してくれるものが入っていた。 「芽生くん、見て!」 「わぁ! これってもしかして」  芽生くんの大好きな海賊のコスチュームだ。ジャケット・ブラウス・ズボンにベルト・帽子・帯 まで、全部揃っている! 「パイレーツだ! わぁぁジャックみたいでカッコいいー!」 「お手紙も入っているよ」 「わぁ読んで読んでー!」 ……  メイくんへ    先日は赤ちゃんのことで、心配かけちゃってごめんね。芽生くんのイトコを、おばちゃん、がんばって産むから応援してね。  赤ちゃん用品のお店にオジサンと行ったら、可愛い海賊のコスチュームが売っていて盛り上がって、芽生くんに似合いそうだなと思って買ってしまったの。よかったらハロウィンで着てね。 ……  タイムリー過ぎる! 「お兄ちゃん、着てもいい?」 「もちろん!」   赤いズボンに白いシャツ、黒いジャケット、黒いベルト……帽子を被れば小さな海賊そのものだ。すごく可愛い!! 「わぁいいね!」 「やったぁ僕、ハロウィンの仮装したかったんだ」 「あ、そうだ! マンションのパーティーにも飛び入りできるか聞いてこよう」  こうなったら僕も積極的に動きたい。  メイくんとマンションの共用の掲示板を確認すると『マンション子供ハロウィン参加者募集』というチラシが貼ってあった。  完全に……見落としていたね。ホントごめん。 「あら参加者ですか」 「あの、今からでも間に合いますか」 「いいですよ。何号室か教えて下さいね。夜の7時にここに集合して、お子さんがお部屋を周ります。親御さんはお家の玄関でお子さんにお菓子などを渡して下さいね。あの……今から20個も用意できますか」 「あ……がんばります。部屋番号は」  ちょうど話しかけてもらえてラッキーだ。  快く受け入れてもらえて、良かった。あとはお菓子か……  あ、そうだ。 「芽生くん、お菓子じゃなくて……お花でもいい?」 「お花! あーお兄ちゃんが抱えていたオレンジ色の?」 「そう。甘くはないけどいいかな? 」 「もちろんだよ。見て楽しむ甘さだね! カッコいい」  わ。芽生くんって、鋭いことを言うんだな。  そうだよ。  甘いって食べるだけじゃないんだ。  それを知っているんだね。 **** 「お兄ちゃん、がんばって! 時間、間に合うかな」 「うん、間に合わす!」  急いで持ち帰ったマリーゴールドを1本1本ラッピングした。茶色と黒のワックスペーパーで包み、オレンジのリボンをつければ、小さなブーケの完成だ。 「お兄ちゃん、すごい、すごい!」  芽生くんのためなら、いつもの倍速だよ。 「出来た! わ、もう7時だ。芽生くんはそろそろ下に行かないと」 「うん。僕はバッチリだよぉ」  パイレーツ姿の芽生くんをロビーに連れて行くと、親御さんたちも仮装をしていたので驚いた。  そこまで? 聞いてない……僕はまだスーツ姿だし、大人の仮装なんて持っていない。  とにかく何か探さないと! 子供の夢を壊しちゃ駄目だ!  芽生くんを預けて部屋に戻り、箪笥をひっくり返すが何もない。途方に暮れていると、宗吾さんが帰宅した。 「みーずき? なんでこんなにちらかしているんだ?」 「宗吾さん! な、なんでタキシード姿?」 「あぁ今日は仕事でパーティーがあって、一度戻って着替えたんだ、カッコいいだろう? 」 「すごくカッコいいです!! ちょうどよかったです!」 「え?」  僕は宗吾さんの肩に黒いテーブルクロスを巻き付け、赤いリボンで縛った。ううう、ちょっと無理があるけど……これでドラキュラ伯爵でいいかな? 「ははは、あーこれ仮装か。それならいろいろ持っているぞ」 「え? 」    宗吾さんが自室のベッドの下から箱を取り出すと、マントやら……いろいろ出て来た。そこは埃が凄いので、普段近寄らない場所で、盲点だ! 「いつの間に!! 」 「いやぁ、そのうち瑞樹と遊ぼうと思って、集めていたんだ」 「??? と、とにかく今はお子さんの相手をしてくださいよ」  宗吾さんに光沢のあるマントと帽子を被せ、玄関に立たせた。 「宗吾さん、子供が今から沢山来ますから、このブーケを渡して下さい」 「おい? なんだこれ」 「マンションの子供たちのイベントなんですよ~」 「おーそうか。よし!」    やがてパタパタと楽しそうな足音と共に、黒髪でクリクリした瞳の魔女っ娘の登場だ。  わぁ、女の子の仮装って可愛い!海賊姿の芽生くんと並ぶと、いい感じだ。 「トリック・オア・トリート!! 」 「やぁ、可愛いねぇ。お嬢ちゃんにこれをどうぞ」  サービススマイルの宗吾さんですね。でも幼稚園児にウケるんですか。 「うわぁ~♡ オジサン、かっこいいー!」  うそ……意外と好評なのか。  それにその営業スマイル……なんだか妙に慣れてません?   というわけで、僕たちのハロウィン大作戦は、一応大成功だった。  芽生くんは沢山のもらったお菓子を並べて、満足そうに夢の世界へ……  そして僕は…… 「そ、それを着ろと……そしてこれを渡せと? ありえません」 「今日は俺がんばったよな。だから、大人だけのハロウィンナイトしよう、瑞樹、トリック・オア・トリート!! 」 「う……もう、ほんとにほんとに……今日限りですよ」  ドラキュラ伯爵に捧げるのは、まさかの練乳だった。(この間買ったもんな……)  そして僕の衣装は、メイド服?(いつの間に?)  何てことだ!!  いやまて、練乳は甘い甘いお菓子だから、いたずらは回避できるかも?  なんてはずはなく、僕は夜更け過ぎまで、ドラキュラに食べられ続けた。  特に胸元を執拗に執拗に……  それはそれで甘くて、僕も幸せでもあって……   「宗吾さん……幸せそうですね」 「あぁ最高だ。瑞樹、ハッピーハロウィン!」  空には10月の2回目の満月 Blue Moon が浮いている。  神秘的で美しい呼び名に寄り添うのは、オレンジのマリーゴールド。  二人のハロウィンナイトを、存分に楽しんだ。                                             『ハッピーハロウィン』了       

ともだちにシェアしよう!