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深まる絆 26
「これより年長さんの組体操を始めます。この日のために一所懸命練習してきました。どうぞ拍手で応援して下さい! 」
先生の元気なアナウンスと共に、観客席の期待と緊張が高まった。
9月から幼稚園で毎日のように練習していたのは知っていた。芽生くんは当日までのお楽しみだよと、詳しい内容を教えてくれなかったので、ワクワクする。
「宗吾さん、組体操って小学校だけかと思ったら、幼稚園でもするんですね」
「そうだな。この幼稚園はイベントが盛り沢山で、そこが気に入って選んだんだ。でも今の今まで……すっかり忘れていて恥ずかしいよ」
宗吾さんの声には、少しの後悔が混ざっていた。
「宗吾さん、大丈夫ですよ。気付いたのなら、絶対に間に合います」
「優しいな、君はいつも……よーしっ、しっかり見るぞ。最近は組体操をやる所も少なくなったので、貴重だしな」
「そうですね」
入場して園庭に広がった園児たちは、全員裸足だった。都会では裸足で歩く機会は少ないので抵抗がある子もいるだろうに、本当に頑張っているな。
もうそれだけでも涙腺が緩む。僕って、こんなに感激屋だったかな。
「それではスタートします!」
笛や太鼓の合図で、人と人が繋がって色々な形を作りあげるのが組体操だ。
最初は一人で「V字バランス」や「ブリッジ」を披露してくれた。まだまだ小さな体なのに……皆、精一杯、青空に向かってピンと両手両足を伸ばしたり、反らしている。生命のパワーを感じられ、元気をもらえる光景だった。
次に「肩ぐるま」「サボテン」と、二人でやる技が続いた。一人では出来ないことだ。つまり二人で協力して完成させる大切さを学んでいるのだ。
芽生くんが組む相手はコータくんだった。ふたりは仲良しなので息がぴったり合っていて安心だ。コータくんという親友がいて良かったね。彼はきっと、この先の人生で、芽生くんを助けてくれるよ。
「次は3人組で『三人タワー』です」
二人で作ったやぐらの上に芽生くんがすっと立ち、その姿勢のまま手を横に大きく広げてポーズを決めてくれた。
あっこれは、シャッターチャンスだ。
「芽生、頑張ってんな」
宗吾さんもビデオ片手に、夢中だ。幼稚園児にとっては、結構な高さなんだろうな。頑張っているね、いい顔をしているね!
「芽生くん……堂々と手を広げてカッコいいですね」
「ついこの前まで赤ちゃんだったのに、大きくなったな」
「本当に立派ですよ」
「続いて『三人扇』です」
芽生くんは真ん中で、バランスよく扇が広がっていく。
綺麗だ……! 僕は夢中でシャッターを切った。
「そして最後は『6人飛行機』になります」
「へぇ飛行機か」
「どんな風に表現するのかな」
前方に3人、後方に2人、合計5人で一気に芽生くんを持ち上げた。芽生くんは上がると手を横にビシッと広げて飛行機のポーズを取った。
これは大技だ。上に乗る人も、体を持ち上げて支えなければいけないので、見た目以上キツそうだ。無事に形が決まれば、6人の笑顔が揃って弾け、大空に飛翔する飛行機が見えた。立派だよ。
僕は胸がキュンっとなり感動して、涙をほろりと流してしまった。周りの親御さんたちも皆、同じ表情でなんともいえない、じんわりとした優しい時間が流れていた。
幼稚園児の動きが、まるでスローモーションのように見える。この一瞬一瞬が愛おしいよ。
「瑞樹、組体操ってスポーツ界でよく言われる『心技体《しんぎたい》』の集大成だな」
「はい、3つがバランスよく揃うと、こんな大技も完成するのですね」
「そうそう。その中で一番大事なのは体だと思うんだ。器が元気でないと、心も技も磨けないからな。俺も何かまた運動したくなってきたよ」
「僕も身体を動かしたくなってきました」
次に大事なのは心かな。『健全な精神は、健全な肉体に宿る』と言う言葉が、僕は好きだ。
「瑞樹、俺たちも幼稚園児に負けていられないな。身体を鍛え、精神年齢も、いつまでも若くありたいよ」
「くす、宗吾さんはもう十分若いような」
「そうか、じゃあ技を磨こうかな」(ん? その含み笑いは何ですか!! 怪しすぎる)
「ムっ……せっかくいい話をしていたのに、何だかヘンです」(まさかと思うけど、組体操に変な刺激をもらったんじゃないでしょうね)
ジドっと見つめると、宗吾さんは肩を竦めて、笑った。
「ははっ、さぁ昼飯の時間だ。準備しよう」
「はい!」
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