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深まる絆 27
いよいよ運動会のお楽しみ、弁当の時間がやってきた。
昼休みは幼稚園の園庭を開放してもらえるので、俺たちは大きなレジャーシートを広げて、園庭の真ん中に集まった。
空は抜けるような青空で、秋風も心地良い。寒くもなく暑くもなく、最高の運動会日和だ。
母さん、兄さんと美智さん、瑞樹と芽生、そして俺の6人が輪になって、お重の蓋が開く瞬間を待ち構えている。
「よーし! じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
「うわぁ~おいしそう! パパ、おにいちゃんありがとう! 」
「まぁ宗吾も瑞樹くんも、頑張ったわね。私たちの分までありがとう」
「これ使って下さい」
瑞樹が紙皿とお箸を配ってくれる。本当に君はいつも甲斐甲斐しく働いてくれるな。
兄さんもすっかり瑞樹と芽生が気に入ったらしく、目を細めてウンウンと頷いている。
まったく、そんな優しい顔すんなよ~こっちが恥ずかしくなる。ずっと仕事一筋の堅物だったのに、やっとオンとオフの切り替えが、上手く出来るようになったのか。
「それで、瑞樹君が作ったのはどれだ?」
むむむ『瑞樹特製の卵焼き』は、俺が最初に食べるから駄目だぞ!
「兄さん、おにぎりはどうですか」
「あぁ、これはこれは随分大きいな。あ、お前が握ったのか」
「はは、バレましたか」
「手が大きいといいな」
「三角、なかなか上手く出来ているでしょう」
「あぁ。じゃあ……おにぎりから食べよう」
「あーボクも!」
芽生も嬉しそうに飛びついて来た。
「いいか、具の説明をするからよく聞け」
「はーい!」
「右からたらこ、鮭、うめぼし、おかかだ。どれがいい? 」
「わー! ボクは、たらこがいいな」
「よし、ほら」
芽生が俺の握ったおにぎりを頬張ると、大きかったようで、顔が半分隠れてしまった。
流石にちょっと大き過ぎたか。
気合が入り過ぎて、練習よりも更に大きくなってしまったな。悪い──
芽生がそんなの構わずにかぶりつくように、おにぎりをモグモグ夢中で食べてくれたので、嬉しかった。
頑張って作ったものを美味しそうに食べてもらえるが、こんなに嬉しいなんて。
朝4時起きの苦労が、報われる瞬間だ。
「おいしい! パパのおにぎり、すっごくおいしい。おばあちゃん~あのね、パパはいっぱいれんしゅうしたんだよ」
「まぁ宗吾が? 」
「えぇ瑞樹に扱かれました」
「そうそう、おにいちゃんって『スパルタ』なんだよ」
「めっ芽生くんってば、それはナイショ……」
瑞樹は、気まずそうに慌てていた。
「まぁ宗吾にはそれ位でいいのよ」
「そうだよ、瑞樹君。宗吾は扱かれて伸びる男だ。これからもビシバシやってくれ! 」
「えっそうなんですか」
皆が、俺の作った大きなおにぎりを持って、楽しそうに団欒している。
「あ、芽生くんってば、ほっぺにご飯が沢山ついちゃったね」
芽生の頬には、小さな口に入りきらなかったおにぎりの米粒がくっついていた。
「本当だ。いっぱい米粒ついてんぞ」
「芽生くん……可愛いな」
俺がおしぼりを差し出すよりも前に、瑞樹がほっぺたのコメ粒を指で取って、ペロッと食べてしまった。
おっと! それ、いいな! ずるいぞ、芽生(って息子に妬いてどうするんだ?)
「わ、おにいちゃん、ばっちいよぉ」
「ごめんごめん。芽生くんのほっぺた可愛くて、つい」
瑞樹が目を細めて芽生の頭を撫でると、今度は芽生が擽ったそうに笑った。
笑顔の連鎖って、いいよな。
「えへへ、ありがとう。おにいちゃん、組体操を見てくれた? 」
「もちろんだよ。すごくよかったよ。芽生くんの飛行機、ビューンってお空に飛べそうだった」
「ほんと? やった! やった!」
瑞樹は子供の相手が上手だな。瑞樹と話していると、芽生も希望で溢れてキラキラしてくるようだ。
「午後も楽しみだよ」
「うん、ごごはおにいちゃんとパパの出番だね」
「え? 」
「親の綱引き大会があるんだ」
「そう!」
さっき頼まれたので、瑞樹とエントリーしてみた。
「えぇ聞いていませんよ」
「だが面白そうだ」
「綱引きなんて、いつぶりだろう」
「うーん、大人になってからは初めてかもな」
「宗吾さん、頑張りましょう」
「おう、じゃあ瑞樹もいっぱい食べておかないとな」
彼の細い腕を見て、もう少し太ってもいいなと思った。
「君はおにぎり、何味がいい」
「あ、じゃあ鮭で」
「やっぱり! 好物だよな」
「はい」
ニコッと口角を上げた瑞樹が、おれの握ったおにぎりを頬張る。たったそれだけの日常の一コマが、キラキラと眩しかった。
「はは、君にも大きいみたいだな」
「そんなこと、ありませんよ」
瑞樹も芽生と同じで可愛いな。小さな口を大きく開いてモグモグしている。
見惚れていると、瑞樹が横目でチラッと俺を見て、頬を淡く染めた。
「あの……あんまり見ないで下さい……恥ずかしいですって」
「だが、ここに」
皆が唐揚げや卵焼きに夢中になっている隙に、俺は君の頬についた米粒を指で取って、ペロッと食べてやった。
君は一瞬、キョトンと固まった。それから慌てて頬を押さえて、更に赤くなってしまった。
「あ! まさか……僕にもついていました?」
「美味しかったよ、サンキュ! 」
「ううぅ……僕も幼稚園児レベルですね」
「ははっ俺がしたかったから、嬉しいよ」
「もう……はずかしいです」
瑞樹は面映ゆそうな表情を浮かべ、そのまま俯いてしまった。
彼の栗毛色の髪に、秋のクリアな日差しが降り注ぎ、柔らかな表情を一層引き立てていた。
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