497 / 1741

深まる絆 27

 いよいよ運動会のお楽しみ、弁当の時間がやってきた。  昼休みは幼稚園の園庭を開放してもらえるので、俺たちは大きなレジャーシートを広げて、園庭の真ん中に集まった。  空は抜けるような青空で、秋風も心地良い。寒くもなく暑くもなく、最高の運動会日和だ。  母さん、兄さんと美智さん、瑞樹と芽生、そして俺の6人が輪になって、お重の蓋が開く瞬間を待ち構えている。 「よーし! じゃあ、いただきます!」 「いただきます!」 「うわぁ~おいしそう! パパ、おにいちゃんありがとう! 」 「まぁ宗吾も瑞樹くんも、頑張ったわね。私たちの分までありがとう」 「これ使って下さい」  瑞樹が紙皿とお箸を配ってくれる。本当に君はいつも甲斐甲斐しく働いてくれるな。  兄さんもすっかり瑞樹と芽生が気に入ったらしく、目を細めてウンウンと頷いている。  まったく、そんな優しい顔すんなよ~こっちが恥ずかしくなる。ずっと仕事一筋の堅物だったのに、やっとオンとオフの切り替えが、上手く出来るようになったのか。 「それで、瑞樹君が作ったのはどれだ?」  むむむ『瑞樹特製の卵焼き』は、俺が最初に食べるから駄目だぞ! 「兄さん、おにぎりはどうですか」 「あぁ、これはこれは随分大きいな。あ、お前が握ったのか」 「はは、バレましたか」 「手が大きいといいな」 「三角、なかなか上手く出来ているでしょう」 「あぁ。じゃあ……おにぎりから食べよう」 「あーボクも!」  芽生も嬉しそうに飛びついて来た。 「いいか、具の説明をするからよく聞け」 「はーい!」 「右からたらこ、鮭、うめぼし、おかかだ。どれがいい? 」 「わー! ボクは、たらこがいいな」 「よし、ほら」  芽生が俺の握ったおにぎりを頬張ると、大きかったようで、顔が半分隠れてしまった。  流石にちょっと大き過ぎたか。  気合が入り過ぎて、練習よりも更に大きくなってしまったな。悪い──  芽生がそんなの構わずにかぶりつくように、おにぎりをモグモグ夢中で食べてくれたので、嬉しかった。  頑張って作ったものを美味しそうに食べてもらえるが、こんなに嬉しいなんて。  朝4時起きの苦労が、報われる瞬間だ。 「おいしい! パパのおにぎり、すっごくおいしい。おばあちゃん~あのね、パパはいっぱいれんしゅうしたんだよ」 「まぁ宗吾が? 」 「えぇ瑞樹に扱かれました」 「そうそう、おにいちゃんって『スパルタ』なんだよ」 「めっ芽生くんってば、それはナイショ……」  瑞樹は、気まずそうに慌てていた。 「まぁ宗吾にはそれ位でいいのよ」 「そうだよ、瑞樹君。宗吾は扱かれて伸びる男だ。これからもビシバシやってくれ! 」 「えっそうなんですか」  皆が、俺の作った大きなおにぎりを持って、楽しそうに団欒している。 「あ、芽生くんってば、ほっぺにご飯が沢山ついちゃったね」  芽生の頬には、小さな口に入りきらなかったおにぎりの米粒がくっついていた。 「本当だ。いっぱい米粒ついてんぞ」 「芽生くん……可愛いな」  俺がおしぼりを差し出すよりも前に、瑞樹がほっぺたのコメ粒を指で取って、ペロッと食べてしまった。  おっと! それ、いいな! ずるいぞ、芽生(って息子に妬いてどうするんだ?) 「わ、おにいちゃん、ばっちいよぉ」 「ごめんごめん。芽生くんのほっぺた可愛くて、つい」  瑞樹が目を細めて芽生の頭を撫でると、今度は芽生が擽ったそうに笑った。    笑顔の連鎖って、いいよな。 「えへへ、ありがとう。おにいちゃん、組体操を見てくれた? 」 「もちろんだよ。すごくよかったよ。芽生くんの飛行機、ビューンってお空に飛べそうだった」 「ほんと? やった! やった!」  瑞樹は子供の相手が上手だな。瑞樹と話していると、芽生も希望で溢れてキラキラしてくるようだ。 「午後も楽しみだよ」 「うん、ごごはおにいちゃんとパパの出番だね」 「え? 」 「親の綱引き大会があるんだ」 「そう!」  さっき頼まれたので、瑞樹とエントリーしてみた。 「えぇ聞いていませんよ」 「だが面白そうだ」 「綱引きなんて、いつぶりだろう」 「うーん、大人になってからは初めてかもな」 「宗吾さん、頑張りましょう」 「おう、じゃあ瑞樹もいっぱい食べておかないとな」  彼の細い腕を見て、もう少し太ってもいいなと思った。 「君はおにぎり、何味がいい」 「あ、じゃあ鮭で」 「やっぱり! 好物だよな」 「はい」  ニコッと口角を上げた瑞樹が、おれの握ったおにぎりを頬張る。たったそれだけの日常の一コマが、キラキラと眩しかった。 「はは、君にも大きいみたいだな」 「そんなこと、ありませんよ」  瑞樹も芽生と同じで可愛いな。小さな口を大きく開いてモグモグしている。  見惚れていると、瑞樹が横目でチラッと俺を見て、頬を淡く染めた。 「あの……あんまり見ないで下さい……恥ずかしいですって」 「だが、ここに」  皆が唐揚げや卵焼きに夢中になっている隙に、俺は君の頬についた米粒を指で取って、ペロッと食べてやった。  君は一瞬、キョトンと固まった。それから慌てて頬を押さえて、更に赤くなってしまった。 「あ! まさか……僕にもついていました?」 「美味しかったよ、サンキュ! 」 「ううぅ……僕も幼稚園児レベルですね」 「ははっ俺がしたかったから、嬉しいよ」 「もう……はずかしいです」  瑞樹は面映ゆそうな表情を浮かべ、そのまま俯いてしまった。  彼の栗毛色の髪に、秋のクリアな日差しが降り注ぎ、柔らかな表情を一層引き立てていた。

ともだちにシェアしよう!