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深まる絆 36

 芽生くんと秋空を見上げた時、突然、僕の瞳から涙がぽろっと溢れた。 「あっ……ごめんね」    急に涙が……  どうしたんだろう? 慌てて目元を押さた。  あぁそうか……思い出だ。   思い出が天上から舞い降りてきたんだ。  ふわりふわりと…… 『瑞樹、痛いの痛いの、飛んで行け』  僕の擦り剝いた膝小僧を温かい手で擦ってくれたのは、天国に逝ってしまった優しい母だった。  それから…… 『夏樹、痛いの痛いの、飛んで行け』  小さな弟の小さな膝小僧を擦ったのは、まだ幼い僕だった。  突然押し寄せて来る思い出の洪水が切なくて、胸を押さえて、はらはらと泣いてしまった。 「う……っ」 「あれ? おにいちゃんも、いたいの?」 「……うん、ごめんね。少し」 「じゃ、おにいちゃんも……いたいのいたいの、とんでいけーだよ」 「芽生くん……」  膝に向かい合わせに抱っこしていた芽生くんが、僕の心に触れて、おまじないを唱えてくれた。  こんなに小さいのに、こんなに温かい存在。  芽生くん、君が大好きだよ。 「芽生はやるな。頼りになるぞ」 「えへへ、だって、おにいちゃんのことが、大好きなんだもん」  宗吾さんに頭を撫でられると、芽生くんは擽ったそうに笑った。 「瑞樹、昔を思い出しちまったのか」 「すみません、少し……」 「馬鹿、謝る事じゃないだろう。君がどんなにお母さんに愛されていたのか。どんなに夏樹くんを愛していたのかを思い出す、いいきっかけになったな」 「あ……はい」  宗吾さんらしい。この人はいつだって……『僕の悲しい思い出』を、『愛しい思い出』に変えてくれる。  そんな宗吾さんが、とても好きだ。  芽生くんと宗吾さん、大好きなふたりと暮らせる僕は、今……本当に幸せだ。 「さーてと、ふたりとも思いを吐き出して元気出たか。ついでにこのスーパーで買い物して帰るか。よーし、夕食はすき焼きにするぞ! パパが奮発する! 」 「わ! ご馳走ですね」 「わーぎゅうにく! やったぁ」  美味しそうな牛肉を沢山買って、ワクワクと帰宅した。 ***  その晩は三人で楽しく、夕食にすき焼きを食べた。 「じゃあ、芽生と瑞樹、今日は運動会、おつかれさん」 「パパとおにいちゃん、おべんとうおいしかったよーありがとう! えっと、オツカレサン? 」 「くすっ」  乾杯したビールは、キンキンに冷えて最高の味わいだった。  グラスまで冷やしてくれて、瑞樹は本当に気が利くな。  運動会の一部始終はビデオでも写真でもたっぷり撮ったが、今日は必要ない。  俺と瑞樹がこの目で見た芽生の様子を、たっぷり語ってやろう。  芽生はよく頑張った。  幼稚園の年少の時は……離婚したせいで不安定になった時期もあったのに、こんなに立派な年長さんになってくれて、ありがたいよ。  瑞樹との生活にも協力的で、感謝している。  芽生が瑞樹を心から受け入れてくれるのが分かるし、そして瑞樹を心から頼って甘えてくれるのが嬉しい。  更に芽生自身が、瑞樹の心を支えるシーンも多々ある。  俺はいい息子を持った。  本当に……芽生がこの世に生まれてきてくれて、俺の子供で良かった。    

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