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恋満ちる 13
「良かったな。瑞樹……」
眠そうにトロンとしてきた瑞樹の背中をトントンと、芽生にするようにリズミカルに叩いてやると……ふにゃっと甘い笑みを浮かべた後、静かに瞼を閉じていった。
トントン……トントン……
玲子が去って、ふたりで暮らし出した当初を思い出すな。
最初の1年は本当に大変だった。今まで子育ては玲子に任せきりで、芽生が泣いた時、どうしたらいいのか分からずおろおろしたものだ。
……
『しくしく……』
『メイ、泣くな! 』
『だって……ぐすん』
『男のくせに泣くなよ。しっかりしろ! 』
『ううっ、ひっく、ひっく……』
『あーあ』
俺が励ませば励ますほど逆効果で、泣き喚いてしまう芽生に手を焼いて、母に相談した。
『母さん……芽生が夜中に泣くんだ。どうしたらいい? 』
『まぁ宗吾……あなたは、そんなことも分からないの』
『えーケチだな、教えてくれよ。俺には子育ての経験ないから、子供の気持ちなんて、さっぱりわからないよ』
『何を言っているの? 駄目よ。あなた自身で考えなさい。あなたも子供だったのよ。思い出してみて……あなたが捨ててしまった記憶を拾ってきなさい。そうしないといつまで経っても、芽生の心に本気で寄り添えないわ』
母さんにピシャリと言われて、ハッとした。
自分だって芽生と同じ子供時代がある。当たり前だが最初から大人だったわけではない。なのに……俺は幼稚園の頃の記憶なんてダサいと、切り捨て思い出すこともなく生きて来た……本当に情けない。
これは本来ならば芽生が生まれた時に、玲子と辿るべき記憶なのに。
その晩、やはり、しくしくと泣く芽生を、俺の布団に誘ってみた。
『芽生……今日からパパの布団で一緒に眠ろうか』
『え……いいの? 』
『あぁ、おいで』
『うん! うれしい』
『なんだ……そんなことだったのか』
『パパぁ……だーいすき』
メイの方から抱きついてくれたので照れ臭かったが、俺もギュッと抱きしめてやった。
すると……本当に自然に、俺の手が動き出した。
とんとん、とんとん……
『なぁ芽生、こうしてもらうと、なんだか落ち着くよな』
『うん、うん、ママもこわいゆめみたり、ねむれないとき、よくしてくれたよ』
『あーそうかぁ。パパもちいさいころ、おばーちゃんにしてもらったよ』
話しながら思い出していた。
俺の幼少時代を……
母さんが伝えたかったことを、漸く理解できた。
……
「瑞樹、無事、眠れたか……」
彼の背中を、今度はそっと撫でてやった。
少しだけ薄く唇を開いて眠っている。
長い睫毛が影を作っていた。
ふぅん……随分と無防備な寝顔だな。
「可愛い……」
俺の胸元で眠りにつく君を、寝息が安定するまで静かに見守った。今日の俺は親心に近い気持ちを抱いているので、これ以上、手は出さない。
そうか……間もなく、あれから1年が経とうとしているのか。
あれは11月だったな。
もう間もなく月が変わる……11月になれば空気もぐっと冷え、晩秋の匂いが漂ってくる。
瑞樹はやはり、人知れず怯えているのだ。あいつに連れ去られた日を、そう簡単に忘れられないのは当たり前だ。
「大丈夫だ。瑞樹……もう大丈夫」
俺は、何度も伝えた。
今日、菅野くんを家に招待したのは、絶妙のタイミングだったな。
瑞樹は愛に臆病な青年だ。かなり俺が解いてやったが、相変わらず器用とは言えない。
一方で、健気で真摯な君の性格は、君と接する人なら誰もが好感を持ち、守ってやりたくなるものなので、菅野くんも話していた通り、瑞樹のファンが社内で増えるのも理解できる。俺としては少し妬くほどにな。
失うことが怖くて、ずっと人と深く付き合えなかった瑞樹。菅野くんは、そんな瑞樹の数少ない友人だ。
さっきの彼への『親友宣言』は、よかったぞ。言葉に出して伝えると、ますます信頼度も高まるものさ。
「よかったな。がんばったな」
瑞樹を抱きしめながら、耳元で囁いてやった。
「いい夢を見てくれ……悪い夢はもう見ない」
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