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恋満ちる 18
「じゃあ、芽生くん。いい子にしていてね」
「お兄ちゃんがいないの、さみしいなぁ……」
玄関先でまだパジャマ姿の芽生くんが、しょぼんとしてしまった。僕はしゃがんで目線を合わせ、寝癖のついた髪を優しく撫でてやった。
どうやら少し拗ねているようだ。こんな風に、僕がいないのを寂しがってくれるなんて……不謹慎だが嬉しくなる。
「ごめんごめん。お土産を買ってくるよ。えっと、何がいいかな? 」
「えっとね、『ケン』がいいなー」
「『ケン』? あぁ『刀《かたな》』のことかな? 」
「そうそう。カタナっていうの? あれがほしいな」
「うん、わかったよ」
戦隊モノが好きな芽生くんらしいリクエストだ。それってお土産物屋さんでよく売っているプラスチックの刀のことだね。チャンバラごっこをして遊びたいのかな? 僕も弟と遊んだ記憶があるから、気持ちが分かるよ。
子供らしいリクエストに、つい頬が緩む。これも親馬鹿モード発動なのかな。
僕は宗吾さんより、芽生くんに甘いのかもしれない。
「瑞樹、悪いな。小さいのでいいぞ」
宗吾さんは、申し訳なさそうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ。僕も選ぶのが楽しみです」
「あ、そうだ。おにいちゃん、ちゃんとパンツもってくれた?」
「うん、持ったよ」
「ならアンシンとアンゼンだね」
「ん? 『安心と安全』って? 」
「朝からパパがブツブツいってたから」
「えっと……」
宗吾さんを見ると、今度は苦笑していた。
彼の顔を見ると、昨日執拗に抱かれたのを思い出し、照れ臭くなってしまった。
昨夜も、宗吾さんに抱かれた。だが太腿も鎖骨も胸も……彼はいつものようには吸わなかった。舌先でぺろぺろと撫でるだけで、痕をつけないように最大限の気配りをしてくれた。
それはそれで、もどかしくて自分から『吸って』と強請ってしまいそうで大変だった……かなり乱れた自覚はある。
今になって、頬が火照ってしまうよ。
「宗吾さん、行ってきますね」
「おう! 安全のお守りも持ったし、万全だな」
それってパンツのことですよね? くすっ、それにしても、アレは人に見られたら大変だ。あのパンツは、×の位置が絶妙過ぎる。
「あの……昨日は……その、ありがとうございます」
気恥ずかしかったが僕に気を遣ってくれたのが嬉しくて、頭をペコっと下げた。
「いや、当たり前だ。君を旅先で困らせたくはないからな。さぁ楽しんでおいで」
「そうですね、参加するからには」
僕の返事に、宗吾さんは意外そうだった。
「瑞樹、その意気込み、いいな。いい傾向だ」
宗吾さんのような前のめりな生き方が、僕にも伝染してきたのかな。
最近の僕は以前よりもずっと、人生に貪欲になってきている。一度きりの僕の人生を、もっと楽しもうと、やっと思えるようになった。
何故だろう? 最近、天国に逝ってしまった夏樹からの声が降ってくるようだ。
『おにいちゃんが幸せそうで、うれしい。もっともっと生きていることを楽しんで』
きっと宗吾さんと芽生くんが、僕が思い描いていた温かい家庭を提供してくれるからだ。
「では、行ってきます!」
「おにいちゃん、いってらっしゃーい!」
「あぁ、行ってこい」
さぁこの瞬間から、1泊2日だけ僕らは別行動。
少しだけ、なごり惜しい朝だった。
****
「葉山、おはよう!」
「菅野、おはよう」
「お二人とも、おはようございます」
新宿駅の待ち合わせ場所に到着すると、すぐに女性社員が駆け寄って来た。
「これで全員集合ですね。ロマンスカーの座席はナントくじ引きでーす! 」
「くじ引き? 」
菅野と座ろうと思っていたのに……
少し不安げに菅野を見ると、僕を励ますように笑ってくれた。
「葉山、大丈夫だって。今の葉山なら、絶対に大丈夫さ」
「……そうかな」
「あぁもっと自信持てよ。なっ」
明るく前向きな菅野は、やっぱり宗吾さんと似ているな。だから気が合うのも納得だ。
嬉しいよ。そうやって励ましてもらえるのって、元気をもらえるから。
くじ引きの結果、僕は女性の先輩の隣になった。
うーん、ここでまた不安が。箱根湯本までは約90分……道中での会話は大丈夫かな。
すると菅野がすかさず、こっそり彼女の情報を教えてくれた。
「おっ、葉山は山田さんと相席か。彼女はいい人だぜ。良かったな。確か二人の男の子のお母さんだから、今の葉山になら話を合わせられそうだな」
「本当? ありがとう。菅野は誰になった? 」
「最悪なことに、金森鉄平だったぜー」
「くすっ、頑張って」
さてと、早く席に着かないと……
「……山田さん、おはようございます。僕が隣です。お邪魔します」
「あら、みずきちゃんが隣なのね~」
『みずきちゃん』?
なるほど、先日の菅野の話は、あながち嘘とは言い切れないのか。
「あら、いやだ。つい……ごめんなさい。馴れ馴れしくって」
「いえ、気軽に呼んで下さい。そうだ。山田さんには、小さなお子さんがいらっしゃるんですよね」
「そうなのよ~今、下の子が幼稚園の年長さんなの」
「あ、もしかして運動会が終わったばかりですか」
「あら? 若いのに詳しいのね」
「実は知り合いのお子さんの運動会に行ったばかりなので」
「そうなのね~! 運動会って、見る方も疲れたでしょう。つい応援に力が入ってしまうのよね」
「それ、分かります!」
よかった、盛り上がってきた。菅野の情報に感謝だ。そのまま和やかなムードで話していると、あっという間に箱根湯本に到着間際になっていた。
すると山田さんが、嬉しい言葉を贈ってくれた。
「そうだ。なかなか面と向かっていう機会がなかったから、せっかく隣になったのだから言っちゃう!」
「何をですか」
「うん。葉山くんって、花を扱うセンスが抜群なのに、それをひけらかさずに謙虚に努力し続けているわよね。もう……『努力を習慣の域』にまでしているのがすごいと、いつも思っているわ」
「え? 」
そんな風に評価かしてもらっているとは……驚いたし、嬉しくなった。
「生意気を言ってごめんなさいね。でも入社以来ひたすらコツコツ……花に向き合う努力を継続しているでしょう。そうやって生きて来た結果が、そろそろ実る時期だと思うのよ。今の葉山くんって仕事以外に対しても前向きになっているから」
「……そうでしょうか」
「そうよ。以前だったら、私と話す内容なんて思いつかなくて、道中、押し黙っていたでしょうね」
すごく目に浮かぶ情景だ。
「あ……それは確かに……って、すみません」
「いいの、いいの」
僕が前向きになってきたのは、宗吾さんや芽生くん、それから菅野が、僕を明るい方向へと、引っ張ってくれるからだ。
この先僕の明るい方を選び、進んで行くのを……習慣としていくのかもしれない。
こうやって僕は、僕の人生を、生き生きと輝かせていくのか。
長い間、忘れていたのに……冬眠から目覚めるように。
「とにかく、今のみずきちゃんは公私共に充実しているというのが、みずきちゃんファンクラブの共通の認識よ! ふふっ」
みずきちゃんファンクラブ……そこまで。
苦笑してしまったが、みんなが今の僕を受け入れてくれているのが嬉しかった。
「あの……光栄です! 」
「ほら、やっぱりいい感じ! 」
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