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恋満ちる 20
「これって……」
驚いたことに、タオルに『みずき』と名前が書かれている。
こ……これって宗吾さんの字だ!! 驚いた。一体、いつの間に。
「あれ? これって葉山先輩の字じゃないですね」
菅野がひょいと僕のタオルを掴んで、含み笑いをした。
「そうなのか、おーなるほどな、プププ……」
どうやら菅野には、バレバレのようだ。
「しかし、金森は本当に目聡いな」
「まぁ……コホン『みずきちゃんファンクラブ』に入っていますから」
わ! ここでも『ファンクラブ』? 一体、誰が発起人なのか……
「ええーそんなの出来たのかよ? それにしても、なんでお前が入るんだ? 」
菅野がつっこむと、金森は飄々と受け答えした。
「男は俺だけで、あとは女性だから、安心してください」
「おい、安心っていうのか。それ? 」
「それより、葉山先輩のタオルに名前を書いたのは、お母さんですか。なんだか少し過保護ですねぇ」
僕の事情を知っている菅野が即座に反応してくれた。
「アホッ! そんなハズ、ないだろ!! 」
だが……実のところ金森と菅野の賑やかな会話は、そう気にならなかった。
それより宗吾さんの行動が面白い。照れ臭いが、嬉しかった。
何故なら……持ち物に名前を書いてもらうなんて、久しぶりだったから。
函館のお母さんは3人の子育てと花屋の両立で大変なのを子供心に理解していたので、僕は迷惑をかけないように、何でも言われる前に率先してやった。
新学期の教科書への名前書きも、体操着や上履き、水着の名前付けも、薄くなる前に、いつも自分で書き足していた。
『瑞樹は何でもひとりで出来て助かるわ、潤は何もやらないのにね』
『うん。お母さん、僕は大丈夫だよ。だから潤のを書いてあげて』
僕は大丈夫。いつだって……それが口癖になっていた。誰かを頼ったり、甘えたりするのは、してはいけないこと。そうインプットしてきた。
広樹兄さんにはいつも『もっと甘えろ! 頼れー』と口癖のように言われていたが、一度沁みついた考えは……簡単には払拭出来なくて大変だった。
だから芽生くんが書いてくれたパンツも、宗吾さんが書いてくれたハンカチも、僕にとっては嬉しかった。
ハンカチの小さなタグに几帳面に名前を書いている宗吾さんの姿を想像すると、ほっこりする。
ふふっ、僕の宗吾さんは、やはり楽しい人だ。
****
強羅駅で全員で蕎麦定食を食べてから、ホテルにチェックインした。
ここからは暫く自由時間だ。15時になったらグループに分かれて行動をする。僕は強羅駅近くの湿性花園散策を申し込んでいるので、楽しみだ。
そして夜は宴会。古くからの社員旅行にありがちなお決まりのパターンだ。
「やったぁ! 葉山先輩と同室なんて嬉しいです。ツインベッド、どちらを使います? あー同じ部屋で眠れるなんて、ワクワクするな」
金森は部屋に入るなり、大騒ぎだ。やれやれ……
「……部屋で過ごす時間は、短いと思うけど? とりあえず新人は今すぐ余興の練習でロビーに集合だって」
「えー! 仕方がない、行くか。 先輩、俺の女装姿を楽しみにしていてくださいね~」
「はは……」
うーん、それは、とても不気味そうだ。
思わず肩を竦めて、苦笑してしまった。
金森が出て行ったので、僕は家に電話をしてみた。
あれ? なかなか出ない……もしかして芽生くんと出かけてしまったのかな。すると10コール目で、ようやく通じた。
「……もしもし? 」
「おにいちゃん! 」
ん、なぜか最初から芽生くんが出た。どういうこと?
「芽生くん? パパは? 」
「グーグーしているよ」
「えー? だって、まだお昼間だよ」
「おにいちゃんがいなくなったら、ふぬけになったみたい」
「腑抜け? 」
また難しい言葉を……きっと宗吾さんのお母さんの影響だな。
「ところで、芽生くん、お昼は食べたの? 」
「まだだよ……」
「え! 今すぐ叩き起こして」
「それがね、ぜんぜんおきてくれなくて。おにいちゃんがおこしてあげて」
「もう、こまったパパだね」
「うんうん! こまったさんです」
芽生くんとの会話は本当に癒やしだ。それにしても、宗吾さん、昨日頑張りすぎたのでは……いや、そうさせたのは僕の方か。
「おにいちゃん、どうぞ!」
「宗吾さん、起きて下さい」
僕は思いっきり、暗く低い声を出してみた。怖がって飛び起きるかも?
「おきないよー」
むむ? 怒られ慣れているのか。ではこちらはどうだ?
優しく優しく……深呼吸してから……
「宗吾さん……瑞樹です。そろそろ、起きてくださいね」
「瑞樹? おぉーもう帰って来てくれたのかぁ~」
「もうっ、寝ぼけていないで、芽生くんがお腹を空かせていますよ」
「え? まずいな。何時だ? 俺、君が行ってから、ずっと転寝していた」
ようやく起きてくれたが……大丈夫だろうか。
「宗吾さん、しっかりして下さいよ。そんな宗吾さんはイヤですよ」
「悪い! ちゃんとする。午後は芽生と公園にでも行ってくるよ」
「お願いします」
「どうだ? 旅行、楽しんでいるか」
「はい……でも……本音は、少し寂しいです」
僕は宗吾さんと芽生くんといるのが、当たり前になっていたと痛感してしまう。少し離れるだけでも、寂しくなるなんて。
「そう言うと思って、いろんな所に俺の痕跡を残した。身体にはつけさせてもらえなかったから、君の荷物にね」
「あぁ、だから……ハンカチに? 」
「そういうことさ。ははっ! 」
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