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恋満ちる 22
「か、わ、い、い♡」
「いや、そんな……」
「新入社員の時よりも、葉山くんの女装、パワーアップしたわね」
湿生花園へ観光に行くつもりだったのに、僕は宿で女性社員によって弄られていた。参ったな、こんな展開になるなんて。
「さぁさぁ、鏡を見て~」
「は、はい」
鏡に映る自分の姿に、ギョッとした。
いかにも男性が女装しているギャグ路線に走りたかったのに……
若草色のふんわりとしたシルエットのワンピースに、チャコールブラウンのざっくりとしたウールのカーディガン、同系色の靴下と、誰のセレクトか分からないが、あまりにナチュラルな服装が嵌まりすぎて、唖然としてしまった。
「服のサイズはバッチリね。次は、このウィッグも被ってみて」
「えっ、そこまで? 」
続いて栗色のセミロングのウィッグも被せられ、おそるおそる鏡を見るが、地毛も栗色で、肌も男にしては色白なので、やはり違和感はなかった。
おかしい位、普通に似合っていて、自分でも驚いた。
元々女顔だとは思っていたけれども、まさか、ここまで似合ってしまうなんて、拍子抜けだ。
「そうだわ。確か前回の女装の写真があったから見比べてみる? 」
「えっ、そんなもの、まだあったんですか」
そんな僕の黒歴史を写真に残されていたなんて。宗吾さんに知られたら大変だ!
慌てて確認すると、新入社員時代の僕が写っていた。まだ緊張した面持ちで初々しい。確かにこの頃よりも表情が和らいだ分、柔らかい雰囲気の女装が似合っているのかな。
いや、喜ばしいことではない。(喜ぶのは宗吾さんだけだよ‼ )
「ねっ、可愛いでしょう? 」
「はぁ……」
「さてと試着は終わりよ。またあとで必ず着てね。私たちはそろそろ温泉に行くから、自由時間よ」
「あ……はい」
ふぅ~女性の先輩たちから何とか解放された。すると、すぐに菅野が愉快な様子で近づいて来た。
「お疲れさん~、葉山もようやく解放か。しかしみずきちゃんは、いいよな」
「へ? 」
「だって、女装がめちゃくちゃ似合っていたからさ」
「うーん、管野は……どこをどう見ても、男だったな」
「だよなぁ。俺の肩幅『金森並み』に、ごっついからな」
「くすっ」
「じゃあ、俺たちも今のうちに風呂に行こうぜ」
「そうだね。部屋に戻って着替えを取ってくるよ」
「了解~! あっ葉山、今日はただの宴会の余興だ。皆、他意はない。だから一緒に楽しもうぜ! 」
「うん……大丈夫だよ 」
菅野の言う通りだ。部署の人たちは皆優しいので、僕も余興に付き合うのに激しい抵抗はない。
部屋に戻ると、金森鉄平がベッドに座り、難しい顔で腕組みしていた。
何やら唸っているが、今度はなんだ?
「どうしたんだ? 難しい顔をして」
「あー葉山先輩。俺、ひたすら耐えていました」
「何に? 」
相変わらず言っていることが、意味不明だ。
「それは決まっているじゃないですか。甘い誘惑にですよ」
「何の? 」
「実は……あの鞄からちらっと見えている白いのって……何かなって」
「あっ!! 」
視線を辿り、仰天した!
わ、わ、わ……まずい! さっき慌ててしまったから、鞄の端っこからはみ出ていたのか。あの白いのって、僕のパンツじゃないか!
「み、見ていないよな? 」
「見ていませんよぉ~でも葛藤していたんですよ」
「そ、そうか。頑張ったな (僕も意味不明な返答をしている! )ふっ、風呂に行ってくる」
「あっ、俺も一緒に行きたいです」
「絶対に駄目だ! 君は後だ」
僕は鞄を抱えて、慌てて部屋から飛び出した。
本当に油断も隙もない危険な奴だ。
今宵は絶対に菅野に潰してもらおう!
それにしても、全部、見られたわけでなくて、良かった。
芽生くんが書いてくれた『みずき印』は、無事だったよ。思わず頬ずりしたくなる程、大切なものだ。
ん ? ちょっと待て、パンツを抱きしめたくなる僕って相当、変だ。
宗吾さんにますます汚染されているのではと、苦笑してしまった。
****
「いいか。芽生。今日は瑞樹を見かけても、絶対に話しかけちゃ駄目だぞ」
「えーどうしてなの? せっかくおなじところに、きたのに」
「瑞樹は仕事で来ているんだ。だから邪魔をしてはいけない」
「……そっかぁ、うん、わかった。ボク、パパとのヤクソクまもるよ」
「おし! 男同士の約束だぞ。指切りげんまんをしよう」
俺と芽生の指切りを、母が呆れ気味に見つめていた。
「まぁ、あなたたち……どちらが子供だか分からないわね。でも確かに私ものせられて勢いで来てしまったけれども、瑞樹くんの社員旅行の邪魔をしてはいけないわね」
「母さん、分かっているって。俺は瑞樹と同じ宿に泊まっているだけでも楽しい気分だ」
「あらあら、純情なこと。さぁ夕食前にお風呂に行きましょう」
「了解! 芽生はどうする? パパと入るか」
「うん!」
ホテルの大浴場は、皆、夕食前に入ろうと揃って思うのか、ごった返していた。おまけにモクモクと白い湯気で包まれ、視界がぼんやりとしている。
この中に瑞樹がいるかもと必死に目を凝らしてみたが、見当たらない。
残念なような、ホッとしたような。
芽生に話しかけるなと言った手前、俺も迂闊なことは出来ないのだから、今回は会わない方が賢明だろう。
あーしかし、やっぱり見たいな。社員旅行中の瑞樹を……少しだけ。
「お? もしかして……!」
なんとなんと! そんな夢はあっけない程簡単に叶ってしまった。
湯けむりの向こうに、瑞樹を発見したのだ。
やはり考えることは一緒で、瑞樹たちも宴会前に風呂に入ろうと思ったらしい。
よしっ! しっかり腰にタオルを巻いているな。
可愛い乳首が丸見えなのは気になるが、まぁそれは仕方がない。瑞樹は男だし、まして、ここは風呂なのだから当たり前なのに、アホみたいなことばかり思いつく俺の脳内は、忙しい。
『瑞樹……約束をしっかり守ってくれてサンキュ!』と叫びたいところだが、ここはグッと我慢した。
「パパ、あれって、おにいちゃんじゃない?」
「しー!」
「あっ、そうか。『しー』だね」
芽生も口に指をあてて、俺の真似をする。
瑞樹は当たり前だが、まさか俺達が湯船に浸かっているとは知らず、菅野くんと楽しそうに話しながら身体を洗い出した。
白い泡に綺麗な素肌が埋もれていく様子が艶めいていて、実にいい眺めだった(って駄目だろう。子連れの俺が、こんな視線はまずい。しかし昨日はキスマークをつけるのを我慢して本当によかった。腰に巻いたタオルだけでは、想像より露出度が高かった)
やがて瑞樹は下半身を洗い出した。
細い手が、腰の白いタオルの中に潜る仕草に、無性にドキドキしてしまった。
「おおっ! 」
「パパってば、どうしたの? おしずかに!」
普段は絶対に見られない貴重な光景に思わず前のめりになってしまい、芽生に注意された。
「あ、そ、そうだったな」
「それにしても、おにいちゃん。ぜーんぜん、ボクたちに、きづいていないね」
「あぁ……それでいい。さぁ俺たちは上がるぞ」
「はーい! なんだか『かくれんぼ』みたいでおもしろいね、えへへ」
瑞樹が洗髪し出したので、見つかってしまわないように、今のうちに風呂場からは退散しよう。
「よーし、今だ」
しかし俺も子供のように、芽生とはしゃいでしまう。
人はいくつになっても、好きな人がそこにいてくれるだけで、『旬』でいられるのだな。
瑞樹が彩ってくれる毎日が楽し過ぎるよ。
今日は羽目を外し過ぎている自覚は重々あるが、君を愛しているが故の行いだ……許せ!
若いうちの体力や美しさという盛りの旬もあるが……
今の俺が求める旬は違う。
それらの旬は年齢と共に衰え、旬を過ぎてしまうが、人を愛し続ける力、相手に寄り添う力、共感する力は、人生経験を積むにつれて旬を迎えると思っている。
それらの旬を、この先もじっくりと瑞樹と一緒に味わっていきたい。
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