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恋満ちる 29
女装姿は、もう終わりだ。
洗面所でメイクを落とし男の顔に戻ると、ほっとした。そのまま浴衣に着替えるために服を脱ぐと、芽生くんが書いてくれた『み×き』印のパンツが目に入った。
ふっ、まさかこの僕が……ホテルの廊下の片隅であんな行動をするなんて。もう立派な変態の一員だよな。(イヤだけど!)それにしても最近は宗吾さんの影響を受け過ぎだろう。売店前でのあり得ない行動を思い出して苦笑してしまった。
僕は……宗吾さんの『聖人君子』ではないところが好きだ。
人並みの性欲、人並みの食欲、(えっと……たぶん人並みだよな? )
怒ったり笑ったり、大胆で、一つ一つのリアクションが大きく、忙しい人だ。でも決める時は決めてくれるので、そのギャップがカッコイイし男気がある。
僕はいつも、つい保守的になってしまう癖があるが、宗吾さんといると自分の殻を破ることが出来そうだ。
宗吾さんと並んで見渡す世界は、今まで見て来たものとは明らかに違った。
明るくイキイキと躍動感のある世界を、いつも見せてもらっている。
ふぅ……駄目だな。
離れていると、つい頭の中で、宗吾さんのことばかり考えてしまう。まして今宵は同じホテル内にいるから、猶更だ。
お母さんと芽生くんも巻き込んで、僕を追いかけて来てくれるなんて……やっぱり宗吾さんらしいな。
……嬉しかったですよ。
さぁ……もう眠らないと。
****
客室を覗くと、グーグーと鳴り響く金森のイビキに唖然とした。
うわっ、参ったな。これは、かなりの大音量だ。
耳を塞ぎながら布団に潜り、必死に眠ろうとしたが……
グォーグォー、ゴーゴー、グーグー。
う……うるさい。
酔わせて爆睡させれば安眠できると思ったのに、これでは違う意味で眠れないよ。
「金森……悪いけれども、もう少し静かに出来ないかな」
ベッド越しに控え目に声を掛けてみるが、イビキの音量は増すばかりだ。
困ったな、気になって眠れないよ。
5分の我慢で限界だった。ゴーゴーと鳴り響く轟音に、流石に頭にきた!(僕にしては珍しく、沸点が低い!)
一旦起きて彼の枕元に立ち、肩をゆさゆさと揺すった。
「金森ってば、静かにしてくれ」
「やったぁ~葉山せんぱいに呼んでもらえた! 」
「へっ? 」
耳元で訴えると、突然、彼がムクリと飛び起きて、すごい勢いで僕のベッドに飛び乗った。僕は巻き込まれないように避けるのに必死だった。
危なかった。危うく一緒に押し倒される所だった。
一瞬何が起きたのか分からず唖然としてしまったが、僕はドアの付近に慌てて避難した。
「葉山せんぱーい。さっきの女装めっちゃ可愛かったです! マジ、女の子みたいでしたよ。あぁもしも先輩が女のだったら、俺、絶対に惚れていましたよー」
「えっ?」
寝惚けた金森が僕のベッドの枕をギュッと抱きしめて、唇をタコのように丸めた。
まっ、まさか! 何をする気だ?
「女の子だったらぁーこんなことも、できるのになぁ」
「や、やめろっ! 」
僕があそこに、眠っていたら大変なことになっていた!
そのまま僕の枕にズボッと顔を埋めた金森の姿に、ぞわっとした。
どうやら撃沈してしまったようで、またイビキが聞こえてきた。
き……き・も・ち・悪い!!
いくら泥酔して、寝ぼけているからって、酷い!
僕は後ずさりして、鍵だけ持って部屋から逃げ出した。
目指すのは『1122号室』の宗吾さんの元だ!
こんなことならば、会いたい気持ちを我慢しないで、早く行ってしまえばよかった。
今宵はいつになく、僕から求めていた。
宗吾さんに抱きしめてもらいたいと、強く強く思っていた。
****
扉を開けた途端、ドシンっと人とぶつかった。
痛っ──な、なんで、こんな所に人が?
「す、すみません!」
「瑞樹!」
「えっ」
声の主は、宗吾さんだった。どうして僕の部屋を知って?
「急に部屋から飛び出してきて、どうしたんだ? まさか中で何かあったのか」
「そ、宗吾さんこそ、どうして?」
会いたい人の元に駆け付けようとしたら、彼の方から会いに来てくれたのが嬉しくて、安堵して、じわっと涙が溢れてしまった。
「わ、おい、泣くな。落ち着け」
「すみません。びっくりしたのと……ほっとしたので」
「実はさっき廊下で菅野くんに呼び止められて……彼は気が利くな、瑞樹の部屋をちゃんと教えてくれたよ」
「あ……そうだったのですね。来てくれて嬉しいです」
「ところで、まさか君と同室のアイツが、何かしでかしたのか。危ない奴だと思っていたが」
「その……何をされたわけは、ないのですが……酔っぱらって、寝惚けて」
枕を僕だと勘違いしてキスしていたとは、流石に僕の口からは言えなかった。
「くそっ、やっぱり瑞樹が不快に思う事したんだな!!」
「悪いが、ちょっと入らせてもらうぞ」
「え! あ、駄目ですって」
宗吾さんが僕の鍵を奪って部屋に入ってしまったので、慌ててついて入った。
金森は僕のベッドの上で手足を大きく広げて、大の字で眠っていた。まだ、すごいイビキだ!
「ほぉ~俺の瑞樹のベッドを占領するとは不届きものだな。おい! 瑞樹に手を出したら俺が許さないからな」
宗吾さんは金森をむんずと担ぎ上げ、ドサッと乱暴に反対側のベッドに転がした。
「へ……? あれ? あれれ? 葉山先輩はどこです? あー先輩が女のコだったら、よかったなぁ……」
「……ふんっ、残念だな。瑞樹は男だ。諦めろ」
「そうですよね~はい……分かってます。俺、葉山先輩のことは好きですが、残念ながら、どうしたって男には興味ないんで、憧れの先輩どまりですよ」
「そうか、そうか。それでいい」
金森は寝惚けながらも、心の内を正直に語っていた。
とりあえず僕は彼の前では、二度と女装をしないと誓った。同時に男には興味ないと断言してもらたので、いくらか気が楽になった。
「瑞樹、こいつはアホだが単純そうだな。洗脳したから変なことはしないと思うが、こんな危険な場所に、君を置いておけないよ」
「はい……」
「だから、おいで! 俺の部屋に。ベッドが一台空いているんだ」
「あ……ハイ!」
「おっと」
宗吾さんに誘ってもらったことが嬉しくて、思わず背伸びしてギュッと抱きついてしまった。宗吾さんも僕の腰に手を回し、少しだけ抱擁しあった。
僕の居場所は、やっぱりここだ。
「今日は積極的だな」
「あ、いえ……」
「嬉しいよ。だがここにが余計な輩がいるな」
「あ。すみません。僕……」
チラッと見ると、金森は相変わらずイビキをかいて眠っている。
「さぁ行くぞ。部屋に戻る間に、二人で風呂に行かないか 」
「あ、それも、いいですね」
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