538 / 1741
恋満ちる 30
瑞樹と二人で、大浴場に向かった。
道すがら、彼の会社の人に会わないか心配だったが、幸い誰ともすれ違わなかった。
きっと君の部署のメンバーは今頃はもう夢の中だろう。もしくは、まだ部屋飲みをしているかだ。
「しかし、今日まさか君と一緒に風呂に入れるとは思わなかったな」
「それは、僕も同じです」
「実は……さっき風呂場で君を見かけた」
「え! 全然気が付かなかったです。すみません」
「いいよ。それより、ココしっかりタオルで隠していて偉かったな」
「えっ……」
脱衣場で浴衣を脱いでいた瑞樹の頬が、あっという間に真っ赤に染まった。
「おいおい、そんなに照れるなよ。肌に痕はつけていないだろう。1週間前から慎重に気を付けていたからな。なのに、しっかり隠してくれて、ありがとうな。俺のために厳重に隠してくれたのかなと思うと、無性に嬉しくなったよ」
「あ、あのですね……さっき、どこまで、何を見ていたんですか」
「洗っている時間のすべてさ」
つい余計なことを言ってしまった。瑞樹はますます困惑した顔になる。
下半身を洗っている所はタオルに隠れて見えなくて、煽られたとは、流石に口には出さなかったし、芽生に心配されたことも内緒だ。
「それって……かなり恥ずかしいです」
「いや、最高に可愛かったよ。なぁ、あとで部屋で……もっと見せてくれないか」
瑞樹がギョッとした面持ちで、大きく一歩退いてしまった。
「だ、駄目ですって! 今日は絶対に駄目ですよ!! 」
「なんで?」
「だって……お母さんと同室ですよ」
「はは、瑞樹~は面白いな。そんな清純そうな顔をして、案外ムッツリだよな」
瑞樹の反応が良すぎるので……これはもしかしてと思い、揶揄いたくなった。
「む、むっつりって、どういう意味ですか」
「今、何を、どこまで想像したんだ? 俺は芽生の書いたパンツの話をしていただけだぞ?」
「えっ! あぁ、また僕……宗吾さんにひっかかってしまいました」
瑞樹が涙目で頭を抱えて、しゃがみこんでしまった。
「おいおい……俺は何もしていないよ。みずきの変〇脳が、突っ走っただけじゃ」
「わー!! もうそれ以上は言わないで下さいよ」
しかし『み×き印』パンツ一丁の姿は、かなり刺激が。
瑞樹はたまに派手にやらかす。まだ付き合って間もない頃、広樹と俺の喧嘩を仲裁しようと、真っ裸で風呂場から登場したこともあったよな。あれには仰天したよ。あの頃の俺はまだ君を抱いていなかったから、刺激が強すぎて卒倒しそうだった。
「宗吾さんは、余計なことまで思い出さなくていいです!」
「ははっ、しかしその姿はヤバイ。ほら、パンツを脱いで、素早くタオルをしっかり巻け」
「う……ヘンな指示ですよね」
脱衣場には人がいないので、俺たちは肩を揺らして笑いあった。
「あの、宗吾さん……僕は今、社員旅行中なのに……大丈夫でしょうか。以前の僕ならこんな風に羽目を外さなかったのに、何だか不思議な気分です」
「ん?」
「今の僕は……正直、この状況を確実に楽しんでいます。こんなの、いけませんか」
「大丈夫だ」
「では……本当にあの部屋に戻らなくてもいいんですか」
まだ心配そうな瑞樹……そういうところが、謙虚でいじらしくて可愛い所以だ。
「当たり前だ。君はもう社会人の大人だろう。中学や高校の修学旅行でもあるまいし。そもそも、あんな危険な後輩がいる部屋には帰せないよ。だから、俺の部屋に来い!」
揺らぐ心を整えるために、ビシッと言ってやる。
「あ……ハイ、そうします。嬉しいです」
ニコッと心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべ、湯の中で耳朶まで赤く染める瑞樹。
あー、はたして俺の部屋(正確には母さんと芽生のいる部屋)に連れ込んで、コイツがいい子に我慢できるか、心配になってきたぞ。
「ちょっ、お湯の中で、どこを触っているんですか! も、もう、上がりましょう」
「お、おう! そうだな」
俺たちは肩を並べ、微笑み合いながら廊下を歩いている。
世の中に『バカップル』と言う言葉があるが、やっと意味が分かった。
今の俺たちは、まさにそれだ。
まぁ……それだけ熱烈だってことさ。
ふたりで湯船に浸かった時に、湯気のゆらぎと共に、幸せがじわっと込み上げてきた。
特別な何かは……いらない。
ただすぐ傍に、大好きな人がいる。
人は、それだけで心が湯の中のようにポカポカと暖かく……嬉しくなる。
この関係は、俺と瑞樹が春先から同居を始め、時間をかけて築き上げたものなので、簡単には手に入らない。
幸せって、とてもシンプルに出来ている。
そして、毎日の積み重ねだと思う。
「さぁ1122室に到着だ」
「いい部屋番号ですよね」
「だろう? さぁおいで!」
あとがき(不要な方はスルーで)
****
社員旅行編も、もうすぐ終わりが見えてきました。
宗吾さんと瑞樹の連日のバカップルぶりには、呆れられてしまいそうですが……
こんなご時世なので、この二人には、気楽にいちゃいちゃラブラブしてもらいたくなってしまいました。シンプルな幸せに、もう少しだけお付き合いくださいませ~♡
ともだちにシェアしよう!