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恋満ちる 32

「瑞樹、もう起きないと、朝だぞ」 「ん……」  目を擦りながら開けると、宗吾さんの腕にすっぽりと抱かれていたので、嬉しくなった。  昨日はお互いの人肌を分け合った。性的なことは何もしないで、まるで幼子のように抱かれる夜も……僕は好きだ。  本当に宗吾さんは、いつも僕にいろいろな喜びを運んでくれる。 「おはようございます」 「ふっ、可愛いな。まだ寝惚けているのか」 「え?」  その時点でハッとした。そうだ、ここ自宅ではない! 「あ!」 「しー、芽生が起きちゃうぞ」 「今、何時ですか」 「7時だぞ。そろそろ部署の人と朝食に行った方がいいんじゃないか」 「あ、そうですね。部屋に戻らないと」 「アイツまだ寝ていそうだな。あとで菅野くんと一緒に様子を伺いに行くといいよ」 「確かに、そうですね。ひとりで戻るには……かなりの勇気が」 「それより……おはようの挨拶をしよう」  宗吾さんに顎を掬われ、いつものように上を向かされる。『お・は・よ・う』のキスは、もちろん旅先でも健在だ。  その時、ガラリと襖が開いた。 「あーやっぱり、おにいちゃんだ!」 「わっ、芽生くん!」  飛び込んで来たのは、子供用の可愛い浴衣姿の芽生くんだった。慌ててパッと唇を離した。毎度のことながらスリリングだ。 「おにいちゃん、いつ来たの? やっぱり遊びにきてくれたんだね~」  ぱふっと僕の胸元に飛び込んでくれる無邪気な笑顔が可愛くて、ぎゅっと抱きしめてあげた。 「うん、芽生くんに会いたくなって、来ちゃった」 「えへへ、ボクもー」  それから胸元にすり寄る可愛い頭を、優しく撫でてあげた。  ふふっ、手に刀を持っている。きっと昨晩は一緒に眠ったのだろうな。気に入ってくれて嬉しいよ。  しかし、この位の子供って、どうしてこんなにも刀とか剣とかが好きなのかな。小さな手でも……剣を握れば悪者を倒せると信じて、夢も希望も壮大なのかな。 「瑞樹は浴衣のまま眠ったから、皺くちゃだな」 (確かに……ん? でも、これって昨夜、宗吾さんが手でグチャグチャにしたのでは?) 「あっ、本当だ。やっぱり着替えを取りに行ってきます」 「大丈夫。俺が持参したよ」 「えっ?」  宗吾さんが大きな包みを持って、自慢げに笑っていた。 「あーパパ、その荷物っておにいちゃんのだったの?」 「そうさ」  渡された中には、シャツにセーター、ズボンまで! 僕の着替えが一式用意されていた。 「なんだか、これって……確信犯のようですね」 「助かっただろう? まぁ万が一のことを考えてな」 「くすっ、では、せっかくなので、今日はこれを着ますね」 「あぁ、ここで着替えたらいいよ」 「分かりました」 「あ、ボクも一緒にお着替えする!」 「うん、お着替え持っておいで。ひとりで出来るかな」 「がんばるよ!」  芽生くんと一緒に浴衣を脱いで着替えていると、芽生くんが背後から僕のパンツをじーっと見つめたまま、動かなくなった。 (な、なんだろう(湿らしてしまったが、汚してはいないはず? たぶん……自信ないけど……ううう、ひやひやする)   「もう、おにいちゃんったら、パンツによけいなラクガキをしちゃダメだよぉ。かくのは、おなまえだけでいいのに」 「えっと、なんのこと?」 「ここに、モジャモジャって何かかいてあるの」 「もじゃもじゃ……?」 「これって文字なの? ボクは『の』しかよめないよ」 「『の』?」  もじゃもじゃって……漢字かな? 一体、何だろう?  恐る恐る鏡に背中を映してみると、白いパンツに書かれた『みずき』という文字の上に、ええっ!  『俺の』って書いてあるのですけど……っ!!  つまり『俺のみずき』  これは照れ臭くて、赤くなってしまう。 「ねぇねぇ、おにいちゃん。なんてかいてあるのかな。おしえてよー」 「う……これは……ヘンタイさんのしわざだよ」 「なんだ、パパか。らくがきはダメだよって、いつもボクにはいうのに、ずるいなぁ」  芽生くんがうらやましそうに言うので、とほほ……な気分だ。宗吾さんは、もうっ! 「芽生はどこかしら? あら、その声は瑞樹くん?」  パンツ一丁で、芽生くんと「困ったね」と話し合っていると、お母さんの声が聞こえたので、速攻で服を着た。  襖を開けると、宗吾さんが窓際に佇んで手を合わせて謝っていたので、苦笑した。   「お、お母さん、すみません。寝ている間にお邪魔して……」 「こちらこそ、社員旅行の邪魔をしてごめんなさいね。宗吾が私をダシにしたそうだったので、便乗しちゃったわ。秋の箱根って、いいわね」  お母さんと一緒に窓の外を見つめると、山が所々赤く染まりだしていて、いい感じだった。 「本当にそうですね」 「今の宗吾を見ているとね。私も生き返るように新鮮な気持ちになるので、つい、あなたたち応援に力が入ってしまうのよね」 「嬉しいです。本当に……」 「『恋満ちる』とは、まさに今のあなたたちのことね。無事に恋愛成就したあとも、ずっと想い合っているのが伝わってきて、嬉しいの。男女の恋愛よりも深いものを感じているのよ。あなたたちには」  お母さんの言葉が胸に響く、爽やかな箱根の朝。   「瑞樹くんに……あなたにとって、今年の秋は最高ね」 「はい、同じ気持ちです。満ち足りても尚、消えない幸せの存在を感じる日々です」

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