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聖なる夜に 3

 広樹兄さんからの報告で、一気にその場の空気が、ふわりと柔らかく変化した。 『辛い』……が、『幸せ』になった。 「瑞樹、良かったな。やっぱり広樹のところも、ご懐妊なのか」 「えぇ、そうみたいです。どうやら検査薬で分かったみたいで」 「おぉ! またあれか! 俺たちの周りは、おめでた続きだな」 「そうですね」  宗吾さんも、まるで自分のことのように喜んでくれた。  あぁこれで函館の家も賑やかになるだろう。お母さんにも張り合いが出来て、よかった。葉山生花店に赤ちゃんの笑い声が響く日が来ると思うと、とても明るい気分になった。  来年は、賑やかな年になりそうだ。  先ほどまで今日1日をどうやって乗り切ろうかと真っ青だったのに、未来に期待を寄せていた。 「瑞樹、最近はいいニュースばかりで、まさに『一陽来復《いちようらいふく》』だな」 「あの……それって、どういう意味ですか」 「あぁ四字熟語だよ。元々の意味は冬至から徐々に春へ向かってくことを指しているが、そこから転じて……『一陽』は冬が終わり春になる意で『来復』は再び巡って来るという意。つまり悪いことが続いた後には幸福がやって来るとってことさ」  とても素敵な言葉だ。暗い気分になってしまった時に聞くと、前向きな気持ちになれる言葉だ。覚えておこう。  僕も、もっともっと明るい言葉を、沢山使っていきたい。 「おにいちゃんのホットケーキ、もういちどやいてあげるね」 「芽生くん、さっきは落としてごめんね。ありがとう」 「大丈夫だよ。またやけばいいんだよ。ちゃんと、もとどおりになるからね」  6歳の芽生くんに、励まされてしまった。  でも芽生くんの言葉は、とても力強かった。  そうか、また元通りになるのか…… 「芽生くん、お兄ちゃんね、実は少し落ち込んでいたけど、明るいニュースを受け取ったし、芽生くんと宗吾さんが傍にいてくれるから、どんどん元気になってきたよ」 「うん、やっぱりみんないっしょって、いいよね」  本当にその通りだ。僕の心の奥底には、まだあの事件の記憶がある。この先もまた思い出してしまうかもしれない。  しかし無理に押し込まないで、隠さないで……怖い時は怖い、嫌な時は嫌だ……と、家族には話していこう。  朝一気に吐き出せたお陰で、僕はあの日から1年後の時を、穏やかな気持ちで過ごすことが出来た。 ****  秋は月日が経つのが、早いな。  瑞樹があんなに怯えていた11月はあっという間に過ぎ去り、12月になっていた。  広樹のところの妊娠も、兄さんのところの妊娠も順調で、ホッとしている。  今日は、朝から雪が降りそうな程、寒い日だ。  瑞樹は早朝から仕事に出掛けてしまったが、仕事帰りに銀座で待ち合わせをしているので、俺はウキウキとしていた。  日中は芽生と銀座でアニメ映画を観て、迂闊にも泣いてしまった。登場人物に信念があって、一つの目標に向かって努力していくシーンや、人と関わりながら成長していく物語が良かった。  それからデパートの地下で夕食を買い込んだ。 「よし、芽生はハンバーグ。俺と瑞樹は、すきやき弁当でいいな」 「ねぇパパ、どうして、おでかけしているのに、お外でたべないの?」 「そうだな。外食もいいが……せっかく家族なんだから家がいいのさ。家には家飲みという醍醐味があってな」  若い頃は、高級ホテルやバーなどの外食が大好きだったが、今は『家飲み』が大好きだ。  風呂に入り眠るだけの状態で、買ってきた弁当にワインを飲んで……そして瑞樹を寝室に誘う。そのコースが何よりのご馳走だ(また外でこんな不埒な事を考えてしまった。芽生にバレないようにポーカーフェイスだぞ!) 「ふぅん。イエノミか。なんだか虫さんみたいだね」 「はは、まぁな。なんだか布団に丸まったミノムシみたいだな」 (今日は瑞樹を裸に剥いて、布団に包んでやろう。おーワクワクしてくるな) 「あぁ、ようちえんでうたったよ。ミノムシさんのうたなら。かぜにゆれてぶらーん、ぶらーん。ゆらーん、ゆらーんって、ねむくなってくる歌だよ」 (ぶらーん、ぶらーんか。ふむふむ、ニヤニヤ……おっと! これ以上は芽生に悟られる。煩悩はここまで。もう、封印だ!) 「そうか。じゃああとで子守歌代わりに歌ってやろう。早く眠れるように」 「あ、お兄ちゃんだ! おにーちゃん!」  瑞樹は、銀座のデパート、ライオン像の前に立っていた。  いち早く見つけた芽生が、嬉しそうに走り出した。

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