547 / 1651

聖なる夜に 6

 待ち合わせの交差点からは、先ほど僕が立ち寄った宝飾店がよく見えた。  屋上に、煙突のようにそびえ立つ時計台は、まるでランドマークのよう。  きっと、今この瞬間にも……この時計を見上げて、さまざまな人が、時間を合わせているのだろう。  携帯やスマホの時刻とは違う、1分1秒の重みを感じる、針の動きだった。  僕もね……今宵は、最愛の家族と待ち合わせている。  そういえば朝のニュースで、今日は1月並みの寒波が押し寄せていると言っていたな。流石に寒さで、手がかじかんできたな。僕も去年お母さんにもらった手袋をそろそろ出して、冬支度をしよう。  あ……そうか。ふと、去年の冬は東京にいなかったことを思い出してしまった。 「そろそろ……待ち合わせ時間だ」  時計の針がちょど19時を示すと同時に、雑踏の中から可愛い声が聞こえてきた。 「おにいちゃん~」 「芽生くん!」  僕の足元に、ぽすっと抱きついてくれる小さな温もりが愛おしくて、目を細めてしまう。 「じかんにぴったりでしょう」 「うん! 映画、楽しかった?」 「かっこよかったよーみんな。さいごはパパがないていたよ」 「えーそうなんだ!」    待ち合わせ時間を子供なのに、しっかり守ろうとする芽生くんの気持ちも嬉しいし、無邪気な満面の笑みに、少し冷えてきた身体がポカポカと温まっていく。  芽生くんの背後には、宗吾さんが立っていた。  今日は彼はオフだったので。ラフなシャツに黒いセーター、ダークグレーのショートコート姿がビシッと決まって格好良いので、僕は、また目を細めてしまう。 「瑞樹、随分早くから来ていたのか」 「え、そんなことはないです」 「うそつけ。手がこんなに冷えているじゃないか」  銀座の雑踏で両手を掴まれ、息をふぅふぅとかけてもらい、照れ臭くなってしまった。 「だ、駄目ですってば! こんなところで」 「はは、でも君の身体が大切だ」 「あ、ありがとうございます」 「さぁ、帰ろうか。家に」 「はい!」  宗吾さんは、両手一杯にデパートの包みを下げていた。 「あの、何を買ったんですか。そんなに沢山」 「夕食だ」 「え、帰ってから、簡単に何か作ろうと思っていたのに」 「今日はデパ地下の弁当にしよう。君には、すき焼き弁当を買ったぞ」 「いいですね。ありがとうございます」 「たまには息抜きをしないとな」 「はい!」  僕たちは駅に向かって歩き出した。 「瑞樹も、何かいい物を買ったのか」 「……それは、内緒です」 「なるほど。じゃあ、いい子に待っているよ」 「くすっ」  街はすっかりクリスマスのイルミネーションで溢れており、少し大人なシックなクリスマスの装飾に、厳かな気持ちになってくる。  去年のクリスマスは……函館で迎えた。  あの事件の後……なかなか動かない手の傷を癒やすために、函館の実家に戻っていた。そしてクリスマス・イブには、宗吾さんが単身で函館に来てくれたのだ。  無防備な靴で来たから、雪道でつるつる滑って、結局、五稜郭の道で尻もちをついてしまったんだよな。それから……あぁ、まずい。へんなこと思い出してしまった。  僕の部屋で真夜中にしたこと、彼の言い放った「ホワイトクリスマス」の意味。  もうっ、あの頃から、宗吾さんはその場のいいムードを、台無しにするの天才だったような。  電車に揺られながら、1年前のクリスマスに思いを馳せていたら、いつの間にかニヤついていたようで、芽生くんに心配されてしまった。 「おにいちゃん、そのおかおって……ちょっとまずいよ」 「え?」 「おばあちゃんがよくパパにちゅういするときと同じだよ」 「ええ!」    激しく嫌な予感…… 「お、おばあちゃんは、いつも何て?」 「えっとね~『しまりのない口もとですよ。そうご、シャキンとしなさい!』っていうんだ」 「ぁ……うう」 「はは! 瑞樹、俺たち似て来たな」  1年前の哀しげな僕に、教えてあげたいよ。  1年後の君、家族の明るい笑い声に包まれている。  そして君も……腹の底から、笑っていると。

ともだちにシェアしよう!