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聖なる夜に 24

「お兄ちゃん。あのね、ココアをいれてほしいな。あとね、ニンジンと、ビスケットって、あるかな?」 「どうして?」  和やかなクリスマスパーティーも終わり、芽生くんと洗面所で歯磨きをしていると、突然、そんなことを言われた。 「こんな時間に、ココアを飲むの?」 「ちがうよ~、ボクじゃないよ。サンタさんにのんでもらうの。だって、サンタさんも、あちこちとびわまって、おつかれでしょう。ボクはお兄ちゃんがいれてくれたココアがだいすき。のむと、げんきがでるの。だから、サンタさんにも、のんでもらいたいなぁって」 「そうか、ごめんね。うん、サンタさんに用意しようね。じゃあ人参はトナカイさんにかな」 「そうだよー!」  リビングテーブルに、頼まれたものをセッティングすると、芽生くんは目をキラキラと輝かせていた。 「お兄ちゃん、ありがとう」 「僕も楽しいよ」 「ほんと?」 「さぁ、そろそろ眠ろうか」 「うん、パパぁーおやすみなさい」 「おう!」  宗吾さんは洗い物をしてくれていた手を休めて、笑ってくれた。 「お兄ちゃんはこっちだよ-」 「あ、うん」  芽生くんが僕の手をギュッと握って、子供部屋に招いてくれた。  子供部屋はまるでおとぎ話の入り口だ。特にクリスマスイブの子供部屋は期待に満ちている。だからなのか、大沼時代の思い出がまた蘇ってきてしまった。  ここ最近、頻繁だ。きっと今の僕が幸せだから、幸せな時間を思い出したくなるようだ。  …… 『おにいちゃん、はやくねよう』 『夏樹、今日は聞き分けがいいね』 『だって、クリスマスだもん。サンタさんがきちゃうよ。いい子にねていないとプレゼントこないんでしょう?』 『そうだね、クスッ、じゃあ、お兄ちゃんももう眠るよ』 『おにいちゃん、あのね……』 『うん、いいよ、いっしょに眠ろう!』  夏樹……僕たちは、お母さん似で、顔立ちががよく似ていたね。  よく布団の中で額をコツンと合わせて、甘く微笑みあったよね。    とても気の合う、可愛い弟だった。  夏樹が大きく成長したら、どんな風になっているかな。  天国にいる夏樹にも、今の僕のような……あたたかい恋や愛を知って欲しいよ。    …… 「さぁ、おやすみ。眠るまで芽生くんの傍にいるよ」  芽生くんを布団に潜らせ、小さな手をギュッと握ってやると、グイッと引っ張られた。 「ううん、ダメだよ。そこじゃ寒いから、おふとんにはいって」 「え? でも……」  今、布団の中で温まったら、このまま眠ってしまいそうだ。  宗吾さんが勧めてくれたシャンパンは、上品で上質な味わいだった。僕をいい感じにふわふわと酔わせてくれていた。 「お兄ちゃんがカゼひいちゃうし、それにきょうは、いい子にねむらないと、サンタさんが、こないよ」 「う、うん」  宗吾さん……すみません。少しだけです。あとでちゃんと起こしてくださいね。ちゃんと……起きますから。ふたりだけのクリスマスイブも楽しみたいです。 「お兄ちゃん。おてて、つないで。ぼくといっしょに、いいユメをみにいこう」 「うん。そうだね。おやすみ……」 「お兄ちゃん、いいこ……いいこ……」 「ありがとう」  陽だまりの匂いのする芽生くんを胸に抱きしめると、優しいまどろみがやってきた。  僕たち、サンタさんに見つけてもらえるかな。  芽生くんの夢を、どうか叶えてください。  ****  うーむ、遅いな。  芽生と部屋に消えてから、随分時間が経つ。流石にもう芽生は眠っただろう。 「瑞樹……?」  そっと子供部屋に向かって声をかけてみたが、返事はなかった。  あー、やっぱり眠ってしまったのか。  子供部屋を覗くと、瑞樹は芽生のベッドに潜り、すやすやと寝息を立てていた。  起こそうと手を伸ばしたが、二人が心から安心しきった表情で、手をしっかり握っているのを見たら……このまま寝かしてやりたいという、この時間を守ってやりたいという父親の気持ちになってしまった。  今日の瑞樹は、芽生と同じだ。  君は、10歳で両親と弟と別れて分けれてから、ずっと……いい子にしていた。だからきっとサンタクロースが願いが叶えてくれるよ。  俺は、サンタクロースを待つ二人の穏やかな眠りを守りたい。  だから今日は君を起こさない、君には触れずに見守っているよ。    どうかいい夢を――しあわせな夢を見て欲しい。    明朝、きっと東京には、雪が舞う!  美しい雪の結晶が、二人の指先に届くだろう。  ホワイトクリスマスになるだろう。    

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