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聖なる夜に 25

ふわふわなベッドで芽生くんを抱きしめながら、僕は温かい夢を見ていた。  ここは懐かしい北海道……僕の故郷だ。  大沼の平野を、僕は弟の夏樹と走り回っていた。  緑の三角の屋根の向こうには、野原が広がっていた。  そこは僕と弟の絶好の遊び場で、夢の中の、その日はクリスマスだった。  足下には雪が積もっており、天からも雪がちらちらと舞っていた。  あぁ懐かしい……これは、いつも見ていた、いつか見た光景だ。 「夏樹、おいで!」 「おにいちゃん、まってー」  夏樹が、僕の後ろを楽しそうに笑いながら追いかけてくる。  ずっと欲しかった5歳年下の僕の兄弟。君は愛らしく……可愛くて溜まらない大切な存在だったよ。  新雪にふたりで一列の足跡を残した。僕が前を歩き、ふたりで歩む道は、どこまでも永遠だと思っていた。  いつか振り返れば、背も伸びて……僕と同じように成長した夏樹に会えると思っていた。君と一緒に大人になれると信じていた! 「あっ!」  僕の後ろを追いかけていた夏樹がバタンっと転んでしまったので、慌てて戻った。 「夏樹、大丈夫?」 「うん! おにーちゃん、見て、見て~!」  夏樹が新雪の上で手足を広げて仰向けに寝そべり、バタバタと腕を上下に動かし、脚を開閉させた。  ……弟が作り出したのは、天使のカタチの跡だった。 「……|スノーエンジェル《snow angel》?」 「えへへ。このままお空をとべそうだよ」  ふたりで見上げた冬空には、いつの間にか雪はやんでいた。 「あれ? 雪、やんじゃったね。せっかくのホワイトクリスマスだったのに」 「クリスマスに雪が降るといいの?」 「雪の結晶が綺麗で、森も林も家も飾られていくみたいで、いいなと思ったんだ」 「そうだね。あ、そうだ。じゃあ……もしもボクが天使になったら、お空から、雪をとどけてあげるね」 「ば、ばか! 変なこと言うなよ。夏樹は僕と大きくなるんだよ?」 「あは、そうだね。ボクはおにいちゃんよりも、大きくなるよ」 「負けないぞ! 背比べしような。そのときは」 「うん、じゃあ、おにいちゃん、もういちど、かけっこしようよ」 「よーしっ!」  全速力で走りながら、僕は再び後ろを見た。 「あっ……」  僕の背中を見つめて必死に追いかけてくるのは、いつの間にか……夏樹ではなく潤になっていた。 「潤……?」  あの子は……函館で出来た新しい弟。僕は彼のことを夏樹と同様に愛おしく思っていたんだ。  だから呼ぶよ、愛を込めて―― 「じゅーん、おいで!」 「おにいちゃーん」  夢からは……そこで覚めた。  僕の枕は温かい涙で、ぐっしょりと濡れていた。  もう……ひとりではない。夏樹は天国にいってしまったが、僕は地上で生きている。  愛し、愛されて、心にも身体にも……温もりを感じながら、生きている。  夢の内容は、はっきり覚えていた。 「あ、もしかして……」  急いでベランダに駆け出し、すっと手を天に向かって差し出した。  雪が降りそうな曇天に向かって、願う! 「夏樹、僕に届けて! 天上から雪を降らせてくれないか」  伸ばした指先に触れたのは、冷たいのにあたたかい雪だった。  天から粉雪がちらちらと舞ってきたのだ。 「え……本当に……雪……っ!」  雪が降ってきた。 「瑞樹。もう起きたのか」 「宗吾さん、見て下さい! 雪が……雪が本当に降っています」 「本当か」 「はい! クリスマスプレゼントがちゃんと届きましたね」  宗吾さんも手を伸ばした。  彼の手に触れた雪は、優しい涙に変わった。  僕は嬉しくて、涙をぽろぽろと流していた。   「おにいちゃーん!」  夢のつづき? また背後から呼ばれた。  パジャマ姿の芽生くんが、寝癖をつけたまま明るい笑顔で走ってくる。 「芽生くん、おいで!」  僕は芽生くんをしっかり抱きあげて、雪を見せてやった。  天から舞い降りてくる、雪の結晶。  まるで宝石のように、綺麗だ。  去年のクリスマス、僕のセーターについた結晶を思い出す。  あの時は正直、まだまだ苦しい状況だった。だが、今年はこんなにしあわせで温かい朝を迎えている。 「ゆきだー! サンタさんありがとう!」  芽生くんの可愛い声が、空に届いた。  夏樹……幸せなんだね、君も今……天上の世界で。  僕も、幸せだよ。  だから心配しないで……もう、大丈夫だ。  お互い聖なる夜を越えて、同じ雪を見ているんだね。  あとがき(宣伝ですので不要な方はスルーです)  ****  今回のお話は天上アンソロジーで書いた『天上のランドスケープ』というお話しの対になっています。   志生帆海のBOOTH【しあわせやさん】にて2021年6月30日~天国サイドの話をDL版で頒布中です。 『幸せな存在』特別番外編『天上のランドスケープ』 https://shiawaseyasan.booth.pm/items/3059188 本編は『天上のランドスケープ』は『幸せな存在』瑞樹の弟『夏樹』が主人公の天国での物語で、天国と地上を行き交うファンタジーBL。瑞樹たちもチラリと登場します。本編のシーンと対になっています。 また書き下ろしSSは『スノーエンジェル』は瑞樹の実母視点です。今まで語ることの出来なかった、瑞樹がお腹にいる時からの貴重なエピソードになっていて、ペーパー2種のおまけつきで頒布しています。今回はアンソロの再録がメインでしたので頒布価格を抑えています。お気軽に覗いてみて下さい。

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