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聖なる夜に 30

 とても不思議な時間を過ごしている。  ここ数年は、夫に先立たれ、生き甲斐を失ったような日々だったのに、一体今年のクリスマスは何事なのかしら。こんなにも賑やかなクリスマスは、味わったことがないわ。  まるで憲吾と宗吾が小さかった時のように、居間に子供のはしゃぎ声が響いている。  あれは憲吾が6歳で宗吾がまだ1歳の頃だったかしら。突然、主人がサンタクロースの姿で、子供達の前に立ったの。  真面目で長男気質の憲吾が、宗吾が生まれたことによって、素直に甘えられなくなってしまって……よく爪を噛むようになっていたの。それを主人に相談すると、『今年のクリスマスは憲吾が主役だ』と言って、仮装してくれたのよね。  宗吾はまだ赤ちゃんだから覚えていないし、憲吾もさっきの様子では忘れてしまったようだけれども、私の記憶にはくっきり残っているわ。  あの時のあなたの少しおどけた表情と、憲吾のキラキラと輝く瞳。  笑顔が弾け、サンタクロースに抱きついたら、白い髭が取れそうになって焦った顔。  楽しかったわ。本当に……とても。  学者肌で堅苦しい主人だったけれども、心根は優しく人情に厚い人だったの。まだ時代が追いつかなくて、宗吾の同性愛は、残念ながら最期まで理解出来なかった人だったけれども、いい夫で、いい父親だったわ。  今、父親になった宗吾と、来年父親になる意識をしっかり持っている憲吾。  瑞樹くんを包み込むように愛する宗吾。  美智さんと肩を並べて歩み出した憲吾。  ふたりの息子の生き様から感じるのよ。  根っこには、ちゃんとあなたがいる。  あなたの人格、性格、生き方が根付いていると!  あなたと結婚してよかった。  こんなに優しい息子を二人も遺してくれてありがとう。  そして息子達がよき伴侶に恵まれて、嬉しいわ。 「母さん、雪がやみませんね。珍しいな」 「そうね。都心で積もることはないと思ったけれども、朝降り出した雪……まだやんでいなかったのね」 「おばあちゃん、お兄ちゃんと雪あそびしてきていい? おにわがきれいだよー」 「いいわよ、暖かくしていきなさい」 「ふふふ、もう、うさぎさんでモコモコだよ」 「じゃあ行ってきます」  瑞樹くんがペコリと私に挨拶し、甘く微笑む。  あらまぁ……いい表情だこと。甘い甘い真っ白な砂糖菓子みたいな笑顔よ。  瑞樹くんは気づいているかしら。いつもどこか押さえた微笑みを浮かべて、人の後ろに立っていたあなたが、今は芽生と並んでクリスマスパーティーの主役なのよ。  ふたりが仲良く庭に出て、両手を空に広げて、雪を掴もうとしている。  天から舞い降りてくる粉雪は、まるで天国からの贈りもの。  あなた、今の私はどう?    息子たちと彼らが愛する人、可愛い孫に囲まれて、幸せな時間を過ごしているわ。  見ていて。  生きているって、素晴らしいわね。  いつまでも、最期の時を迎えるまで、そんな風に感じていたい。  年老いても尚……夢見ることを忘れないでいたい。    

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