572 / 1741

聖なる夜に 31

「きのうからボク、ゆめをみているみたい! クリスマスパーティーもたのしかったし、ケーキもおいしかったよね。おにいちゃんとパパと、はこだてのおばーちゃんからプレゼントをもらったし、それから……サンタさんがゆめをかなえてくれたし……あと、このうさぎのおようふくも」  芽生くんが嬉しそうに、おしゃべりをしてくれる。  そうだね。本当に沢山の幸せが降ってきたね。  こんな時間を……表す言葉がある。 「今、まさに『夢心地』だね」 「ゆめごこち?」 「うん、夢か現実か分からなくなるほどの経験をしている時を『ゆめごこち』と言うんだよ」 「ふぅん、いいコトバだね」  空から舞い降りてくる雪は、庭先の木々に降り積もり、いつの間にか辺りは銀世界だ。まさか都内でこんな白銀の世界を見られるとは、僕の方も興奮してくる。 「芽生くん、寒くない?」 「だいじょうぶだよ! ワクワクしてる」 「そうだね」 「おにいちゃん、あそこ見て!」 「あっ」  庭の芝生に綺麗に雪が積もり、雪の絨毯が出来ていた。    新雪を踏みたくなる……懐かしい気持ちが、沸いてきた。 「そうだ! おにいちゃん、雪の上に寝て、手足をこんな風にパタパタすると『テンシ』のカタチができるんだってね。ようちえんのせんせいが言ってたよ」 「え……?」  ギョッとしてしまった。かつて夏樹がそれをやって……その年の夏前に、お空にいってしまったので、急に不安になってしまった。  僕が少し青ざめて答えに詰まっていると、芽生くんはそのまま話を続けた。 「でもね。ボクは『テンシ』じゃなくて、『うさぎさん』がいいなぁ。ぴょんぴょんってハネて、いっぱい、いっぱいとんで、前にすすむんだ」 「あ……」 「見ていてね」  芽生くんが雪の中、兎跳びで飛び跳ねていく光景に、思わず涙が滲んでしまった。  芽生くん、ありがとう。  君は天使じゃなくて兎なんだね。  心の中でお礼を言った。  本当に、ありがとう……! 「あらあら、また泣いて。みずきは、泣き虫ね」 「お母さん……?」  え……今、『みずき』って、言ってもらえた? 「ねぇ、あなたのことは、今日から『みずき』と呼んでもいいかしら。あなたと会えば会うほど……もう私の3人目の子供の気分なの」 「も、もちろんです。嬉しいです……お、お母さん」 「うふふ、兎って可愛いわよね。とても縁起がいいのよ。知っている?」 「そうなんですか」 「幅広い意味で『福を運んでくれる』と言われているのよ」 「……どうしてですか」  お母さんの言葉は、いつも奥が深いので、もっと聞いてみたい。僕に教えて欲しい。   「兎がピョンピョンと飛びながら前に進んでいく姿は、『物事が順調に解決していく』のを連想するし、兎は暖かくなると原っぱに出てくるから、春の訪れの象徴なのよ。それから『兎』という漢字が『免』と似ているから、悪縁や厄災から免れるとも言われているのよ」 「そんなに沢山の良い意味が込められているのですね。どれも縁起がいいですね」  驚いた。そんなに沢山の幸運の意味があるなんて知らなかった。 「私はこれが一番好きよ。お月様の中でお餅をつく兎が、人間関係の円満を連想すること」 「人間関係の円満……」 「まさに、今の私たちね。一つ屋根の下に集まり、笑って、楽しんでいる。それぞれの生き様を尊重しあって、調和しているでしょう」 「はい……そうですね。僕も、その一員になれて、嬉しいです」 「そうよ。みずきは、もう我が家の一員なのよ。自信を持っていいのよ」  みずきは、もう一員……。    おかあさんの言葉を、頭の中で繰り返してみた。  あ……僕、また一歩、中に入った?  輪の中に、丸い輪の中に、僕もいる。  僕を包み込む円が縁になり、未来へと続いていく。 「おにいちゃん、こっちにきてー、いっしょにあそぼう」 「うん!」  芽生くんと一緒に、新雪を踏みしめた。  久しぶりに感じる雪の踏み心地だった。  だがここは都内で、雪は大して積もっていなかったので、すぐに大地を感じた。  僕はぐっと足に力を入れて、踏みしめた。  僕はこの地上で、今……この瞬間を、しっかりと生きている。  それを感じたくて――    それを伝えたくて――

ともだちにシェアしよう!