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聖なる夜に 31
「きのうからボク、ゆめをみているみたい! クリスマスパーティーもたのしかったし、ケーキもおいしかったよね。おにいちゃんとパパと、はこだてのおばーちゃんからプレゼントをもらったし、それから……サンタさんがゆめをかなえてくれたし……あと、このうさぎのおようふくも」
芽生くんが嬉しそうに、おしゃべりをしてくれる。
そうだね。本当に沢山の幸せが降ってきたね。
こんな時間を……表す言葉がある。
「今、まさに『夢心地』だね」
「ゆめごこち?」
「うん、夢か現実か分からなくなるほどの経験をしている時を『ゆめごこち』と言うんだよ」
「ふぅん、いいコトバだね」
空から舞い降りてくる雪は、庭先の木々に降り積もり、いつの間にか辺りは銀世界だ。まさか都内でこんな白銀の世界を見られるとは、僕の方も興奮してくる。
「芽生くん、寒くない?」
「だいじょうぶだよ! ワクワクしてる」
「そうだね」
「おにいちゃん、あそこ見て!」
「あっ」
庭の芝生に綺麗に雪が積もり、雪の絨毯が出来ていた。
新雪を踏みたくなる……懐かしい気持ちが、沸いてきた。
「そうだ! おにいちゃん、雪の上に寝て、手足をこんな風にパタパタすると『テンシ』のカタチができるんだってね。ようちえんのせんせいが言ってたよ」
「え……?」
ギョッとしてしまった。かつて夏樹がそれをやって……その年の夏前に、お空にいってしまったので、急に不安になってしまった。
僕が少し青ざめて答えに詰まっていると、芽生くんはそのまま話を続けた。
「でもね。ボクは『テンシ』じゃなくて、『うさぎさん』がいいなぁ。ぴょんぴょんってハネて、いっぱい、いっぱいとんで、前にすすむんだ」
「あ……」
「見ていてね」
芽生くんが雪の中、兎跳びで飛び跳ねていく光景に、思わず涙が滲んでしまった。
芽生くん、ありがとう。
君は天使じゃなくて兎なんだね。
心の中でお礼を言った。
本当に、ありがとう……!
「あらあら、また泣いて。みずきは、泣き虫ね」
「お母さん……?」
え……今、『みずき』って、言ってもらえた?
「ねぇ、あなたのことは、今日から『みずき』と呼んでもいいかしら。あなたと会えば会うほど……もう私の3人目の子供の気分なの」
「も、もちろんです。嬉しいです……お、お母さん」
「うふふ、兎って可愛いわよね。とても縁起がいいのよ。知っている?」
「そうなんですか」
「幅広い意味で『福を運んでくれる』と言われているのよ」
「……どうしてですか」
お母さんの言葉は、いつも奥が深いので、もっと聞いてみたい。僕に教えて欲しい。
「兎がピョンピョンと飛びながら前に進んでいく姿は、『物事が順調に解決していく』のを連想するし、兎は暖かくなると原っぱに出てくるから、春の訪れの象徴なのよ。それから『兎』という漢字が『免』と似ているから、悪縁や厄災から免れるとも言われているのよ」
「そんなに沢山の良い意味が込められているのですね。どれも縁起がいいですね」
驚いた。そんなに沢山の幸運の意味があるなんて知らなかった。
「私はこれが一番好きよ。お月様の中でお餅をつく兎が、人間関係の円満を連想すること」
「人間関係の円満……」
「まさに、今の私たちね。一つ屋根の下に集まり、笑って、楽しんでいる。それぞれの生き様を尊重しあって、調和しているでしょう」
「はい……そうですね。僕も、その一員になれて、嬉しいです」
「そうよ。みずきは、もう我が家の一員なのよ。自信を持っていいのよ」
みずきは、もう一員……。
おかあさんの言葉を、頭の中で繰り返してみた。
あ……僕、また一歩、中に入った?
輪の中に、丸い輪の中に、僕もいる。
僕を包み込む円が縁になり、未来へと続いていく。
「おにいちゃん、こっちにきてー、いっしょにあそぼう」
「うん!」
芽生くんと一緒に、新雪を踏みしめた。
久しぶりに感じる雪の踏み心地だった。
だがここは都内で、雪は大して積もっていなかったので、すぐに大地を感じた。
僕はぐっと足に力を入れて、踏みしめた。
僕はこの地上で、今……この瞬間を、しっかりと生きている。
それを感じたくて――
それを伝えたくて――
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