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聖なる夜に 35

「改めてメリークリスマス」 「芽生くんは、どのクッキーがいい?」 「えっとね。ボクはジンジャーマンがいい」  美智さんがケーキを切り分けながら、アイシングクッキーのリクエストを受け付けてくれた。 「了解よ! じゃあ、次は瑞樹くん、どれがいい」 「……えっ、僕ですか」  瑞樹は2番目にふられるとは思っていなかったようで、意外そうに目を丸くしていた。  へぇ、これもまた珍しい表情だな。  さっき母さんと話しながらまた嬉し泣きをしたらしく、目が充血していて、ますます雪うさぎみたいで可愛いぞ。 (あー可憐だ。あー抱きしめたい。あー押し倒したい)  そんなに可愛い顔ばかり見せんなよ。俺の我慢も、いい加減、そろそろヤバいから。 「そうよ。瑞樹くんも好きなものを選んで」 「僕は……あとで……」 「駄目よ。早くしないと、とられちゃうわよ。森のクマさんに」 「え?」  いつものように『後でいい、最後でいい』と言うのかと思ったら、瑞樹はキュッと唇を噛んだ。まぁ、もし今、そんなことを言ったら、全力で訂正させるつもりだったが、どうやら今日は違うようだ。 「あの、では……僕は、このクマがいいです」 「わぁ、やっぱり瑞樹くんって、クマが好きなのね」 「あ、実は……昔からテディベアが好きなんです」  へぇ~、そうなのか! 初耳だぞ。今度はクマのぬいぐるみを買ってやろう。じゃあ兄さんからもらった部屋着もオオカミでなく、クマで良かったというわけか。俺、あとで可愛がって貰えるか。  皿の上にケーキとテディベアのクッキーを置いてもらうと、瑞樹は幼い子供のように目をキラキラと輝かせた。 「わぁ、可愛いですね」 「ふふ、ありがとう」  兄さんは、いい人と結婚したな。美智さんは瑞樹を穿った目で見ない。きっと最初から見ていなかったのだろう。瑞樹を滝沢家の一員として、素直に受け入れてくれる。  居心地の良い場所だ。  瑞樹……君にもそういう場所がきっと出来たよな。  居心地のいい場所は、誰にでもあるだろう。それは自宅だったり、気に入った景色が見える丘だったり、行きつけのカフェだったりと、人それぞれだ。  心が落ち着く心地良い場所では、本当の自分が出せるよな。  逆に居心地は悪い場所では、無理をしなければならないし、本当の自分が出せなくて、いつも気を張った精神状態で、毎日が辛いだろう。過去の瑞樹のように……。  だからこそ、人は積極的に居心地のよい場所を見つけたくなるのかもしれない。    瑞樹にとっては、瑞樹らしく生きていける場所が「居心地の良い場所」だ。  そういう場所を持っている人は、心を休める場所を持っているから、心にゆとりがあって、人に優しくできる。だから仕事でも交友関係でも、良い結果を出せるのだろうな。  ケーキを食べ終わり、それぞれがソファで寛ぎだしたので、俺と瑞樹は窓辺に並んで、庭の景色を眺めた。 「宗吾さん、ますます雪が積もってきましたね」 「あぁ、クリスマスに雪が降るなんて……」 「お母さんの庭に積もる雪を見られて、嬉しいです。植物に雪が積もる様子がとても懐かしく、愛おしくて溜りません」  白い雪が、心を素直に清らかにしてくれるようだ。 「瑞樹、ここは居心地いいか」 「はい! とても。でも……僕、少しだけ……我が儘になりました」 「ん? なんだ? 言ってみろよ」 「あの………宗吾さんと、もっとくっつける場所も好きです。あ……すみません。僕は欲張り過ぎでしょうか」  頬を染めて、そっと俯く君。  あーもう、ノックアウトだ。このまま連れて帰りたい。 「嬉しい言葉だよ。俺は君といる空間が、君と過ごす時間が、最高に居心地いい」 「嬉しいです。まさに心のオアシスですね。僕にとって宗吾さんの周りは、砂漠の緑地のような場所です。あ、そういえば……花をアレンジメントする時に使う吸水スポンジも『オアシス』といいますね」 「ん? あの緑のスポンジのことか」  それは瑞樹が仕事柄、毎日使うものだ。 「フラワーアレンジメントを作る時は、いつもオアシスに花を挿します。自由に花材をとめられるし、水も与えてくれるので、絶対になくてはならない存在ですよ」 「ふむ、なるほど。オアシスのおかげで、花は大地から切り離されても……ちゃんと水を取っていけるというわけか」  瑞樹は気まずそうに口を開く……   「あの……でも『オアシス』って、実は会社の商品名なんですよ」 「そうなのか。でもいい言葉だぞ」  すると気持ちを切り替えたように、明るい笑顔で、断言してくれた。 「確かに『オアシス』は、どんな場所でも、どんな状況でも、花に水を与えてくれる存在です。あ……だから、宗吾さんと芽生くん、そしてお母さんと憲吾さんと美智さんと過ごす時間は、僕にとって『オアシス』です」  満開の花のように微笑む瑞樹。  今の君に、毎日水を与えているのが俺ならば、最高に嬉しいよ。 「宗吾さんの傍がいいんです。僕が咲くのは……」  小声で……誰にも聞かれないように、愛の告白をしてくれる。  甘い言葉をそっと伝えてくれるのが、嬉しい。    俺の恋人はサンタクロースというより、花の精なのかもな。 

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