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聖なる夜に 36

 リビングで遊んでいた芽生が、押し入れから碁笥《ごけ》を抱えてきた。中には碁石がじゃらじゃらと入っている。 「パパ、これって、なんの石なの? シロとクロがあるよ~どうやってあそぶの?」 「んー、俺は囲碁はやったことないよ」 「イゴ?」  そう言えば亡くなった父さんは囲碁が趣味で、よく縁側に碁盤を置き、新聞片手に黙々と打っていたよな。俺は外遊びが好きで、近寄りもしなかったが。 「あらあら、芽生ってば重たいわよ。よく見つけたわね。それは碁石《ごいし》といって囲碁というゲームで使うのよ」 「えー、やってみたいなぁ」 「そうねぇ、おばあちゃんもあんまり興味なくて、実はルールを知らないのよ。あっ、そうだわ。憲吾、あなたなら教えられるでしょう」 「え? 私がですか」  ソファでコーヒーを飲んで寛いでいた兄さんが、驚いた顔をした。 「そうよ。いい機会だわ。芽生に教えてやって。あなたも幼稚園の時に、お父さんから習ったでしょう」 「そ、それは、そうですが」  そうだ! 兄さんがいるじゃないか。兄さんの囲碁の腕前はなかなかだぞ。何しろ、父さん仕込みだからな。隣に座っている美智さんも、同意してくれた。 「憲吾さん、小さな子供に教えるいい機会じゃない? ほらっ、やってみたら」 「あ、あぁ……そうだな」 「オジサン、どうやってあそぶの?」 「それはだな……うーむ、いきなりこんな大きな盤では、教えにくいな」  すると母さんが何か思いついたらしく、父さんの使っていた部屋から、小さな箱を持ってきた。 「憲吾、これを使ってみたら? これね……お父さんがいつか芽生が大きくなったら一緒にやりたいと、買っていたのよ。まだ赤ちゃんの芽生を見て、そんな夢を膨らませていたわ」 「……父さんが、そんなことを?」  それは幼稚園児向けに開発された、たった四路《よんろ》で遊ぶ囲碁のボードゲームのようなものだった。 「よし。じゃあ……いいか、芽生。よく聞きなさい」 「はい!」  芽生も俺たちとは違う相手に、いささか緊張しつつも、好奇心旺盛な顔をしている。正座を一人前にして、いい顔だ。 「ここに、タテヨコ4本の路が通っているだろう。碁盤が大きな木で、碁石はリンゴになっているから、分かりやすいだろう」 「はい!」  そのまま、ふたりはゲームに夢中になっていた。  瑞樹はその様子をじっと見て、感心していた。 「あの……宗吾さん。人って、亡くなってしまっても、こんな風に受け継がれていくのですね。その人が、もうこの世にいなくても……」  瑞樹の言葉は、相変わらず、いつもどこか切ない。しかし今はもう、切なさだけでなはないのが、嬉しい。  以前の君だったら悲しい思い出に震えていただろうが、今の君は悲しみも抱えて前に進もうとしている。希望が生まれ、明るい未来を目指している。 「そうだな。瑞樹の中にも受け継がれているものが、ちゃんとあるだろう?」 「はい。僕の場合は、やっぱり写真でしょうか。いつも……シャッターを切る時、母の指先を思い出しますので」 「ほらな」 「いつか、芽生くんも写真に興味を持ってくれるといいです。あ、僕、皆の写真を撮りますね」  その後、瑞樹は鞄から相変わらず大事そうに一眼レフを取り出して、クリスマスの団欒を撮影し出した。    カシャ、カシャッと、シャッター音が、小気味良く居間に鳴り響く。  スマホで誰でも簡単に写真を撮れる時代になったが、やはり一眼レフのファインダー越しに見る光景は、ひと味違うよな。  それって、人が瞬きする瞬間に似ている。  時が経過していく、一瞬、一瞬を、意識するよな。  人の人生は、一瞬一瞬の積み重ねだ。 「どうだ? いい写真が撮れたか」 「はい! それぞれの幸せが集まっています」  **** 「なんだ、芽生、帰らないのか」 「うーん、だって、オジサンとイゴのとちゅうだし、おばあちゃんと、もっといたいもん」  俺たちは明日も会社なので、そろそろ帰ろうと思ったら、芽生が駄々をこね出した。 「あらあら。でもそうよね。今から帰っても、冬休みの芽生は、また明日ここに来るんだし、今晩はここに泊まったら?」 「おばあちゃん~そうしたい。きょうはおじさんもおばさんも、とまるんでしょう」 「そうよ、芽生くん。一緒に寝ようか」 「うん!おなかのあかちゃんといっしょにねたいー」  美智さんの一言に、芽生の目が輝く。  まぁ、おばあちゃん子でいてくれるのは、嬉しいものだ。 「そうか、じゃあ……そうするか。母さんの言うことも尤もだし、雪も積もって、子供の足では大変だもんな」  瑞樹も納得したようで、芽生の目線まで屈んで、話し掛けていた。 「芽生くん、じゃあ明日の夕方までいい子でね」 「うん! オジサンにイゴいっぱい教えてもらうね」 「くすっ、オジサンも明日は会社だから、ほどほどにね」 「はーい!」  そんな理由で、俺は瑞樹と二人きりでマンションに戻ることになった。  つまり、大人のクリスマスナイトを手に入れてしまったのだ。  彼と二人きりの夜は、久しぶりだ。 「そ……宗吾さん……もう、そんなに、ニヤニヤしないで下さいよ」  瑞樹が、さっと傘で顔を隠す。 「どうしてだ?」 「は……恥ずかしいんですよ。あ、足元に気をつけて下さい……また転びますよ」  俺の隣には、明らかに……何かを意識している瑞樹がいる。  

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