578 / 1741

聖なる夜に 37

「おいおい、俺はスポーツ万能だ! そんな簡単に転んだりしないよ」 「そうですか。でも確か、去年の五稜郭では……」 「うわぁ……っ」  話している途中で、またツルッと足が滑って、ステンと転んでしまった。  瑞樹がキョトンとした表情の後、また腹を抱えて笑った。 「くすっ、ははっ、もうっ! どうして雪が最初から降っていたのに、そんなにツルツルの革靴で来たんですか。宗吾さんは学んでいませんね」 「この靴、スマートで気に入っていて……あー、でも、またやっちまった。かっこ悪いな」 「あの、宗吾さんって、もしかして……」 「な、なんだ?」 「……雪遊び系、苦手ですか」 「あーそれは……バレたか。実は……ウィンタースポーツがさっぱりだ」  瑞樹が出してくれた手に掴まりながら起き上がると、また尻のあたりが濡れていた。 「意外です。大学時代には、てっきり派手にスキーに行きまくったのかと」 「だろう? どうしてだろうな? スキー、スケート……ちっとも上達しなかったな」 「……じゃあ、軽井沢でしごいてあげますよ」 「君が?」 「くすっ。それよりお尻……大丈夫ですか」 「あぁ、参ったな。イテテ……今日は使いものにならないかも……」 「えぇ? それは困ります」 「はは、君のその顔」 「あー! もう」  俺たちは、マンションへの帰り道、どこまでもハイテンションだった。突然、とびっきりのクリスマスプレゼントをもらった気分で、浮き足立っていた。  瑞樹と二人きりのクリスマス・ナイト。  いよいよ待ちに待った『大人の時間』の到来だ。   「瑞樹、手を繋ごう!」 「はい!」  あれから1年だ。  去年のクリスマス……君の指は、あの事件で負った傷により硬直したまま動かなかった。あの日……君は手袋を外して、俺が贈ったばかりの家の鍵を握りしめた。それから手をゆっくり開き、少しだけ寂しそうに微笑んで、呟いたよな。 『悔しいな……早く全部の指で感じられるようになりたいです』  あの日の瑞樹の寂しい笑顔が、ずっと胸に切なく焼き付いていた。  だが最近の君は、よく笑ってくれる。心の底から楽しそうに。    君の心に、ようやく綺麗な花が咲いたのが伝わってくる。 「宗吾さん、今日は楽しかったです。あの、でも……やっぱり今の僕は、恵まれすぎていませんか。何だか最近いいことばかりで……実は、少し怖いんです」  二人きりになり……瑞樹が俺にだけ弱音を吐いてくれるのは、不謹慎だが嬉しかったりする。好きな人から頼りにされていると感じるのが、こんなにも心地良いなんて。  早くこの腕の中に、君をすっぽりと包み込んでやりたくなる。 「悪いことの後には、いいことがあるのさ。だから、怖がることはない。君は、迷いなく、それを受け取っていいんだよ」 「あ、はい……なんだか、ふわふわした心地です。僕にとって居心地の良い場所がどんどん出来て……宗吾さんとお付き合いしだしてから、僕は変わりました。自分からも……変わりたくなりました」  うん、やっぱり、君は前向きになったな。  1年前……まだ傷が癒えていない状態の君からは考えられない程、大きく羽ばたいた。 「寒いな。さぁもう早く戻ろう。時間が惜しい」 「はい! そうですね!」  マンションの鍵を開ける手が、かじかんでいた。 「冷えたな」 「宗吾さん……」  瑞樹が俺の手を包んで、息をフーフーと吹きかけてくれた。 「大丈夫ですか。手……大事にしてくださいね」 「君の指……自由になったな」 「はい。心と一緒に……自由自在ですよ、もう、ほらっ――」  瑞樹が手のひらを広げて俺の目の前に見せてくれたので、俺は恭しく、そこにチュッとキス落とした。 「え……」 「さぁ、もう中に入ろう。大人の時間だ」 「あ……はい」  鍵を開けて、芽生のいない部屋に入った。  確か……以前も、こんなシチュエーションがあったよな。あの時はお互いにがっついて、我慢出来ずに玄関で仕掛けてしまったが、今日はちゃんとベッドで、君を抱く。  その前に、可愛いウサギになってもらうからな。 「そ、宗吾さん? 目つきが悪いですよ。オオカミみたいです」  熱い視線を送ると、瑞樹が振り返って、苦笑していた。 「ははっ、大人のクマだって言っただろう?」 「大人の?」 「あっ、間違えた。大人しいだったな」 「くすっ、もう……大丈夫ですよ。クマの皮は脱いでも……その、僕だって同じ気持ちです。宗吾さんと、ふたりの時間を過ごしたくて」 「嬉しいよ。積極的な君もいいな」  大人だけのクリスマス。  子育て中だって、たまにはいいだろう。  こんな水入らずの時間を持ってもさ。  俺たちに届いたサンタクロースからのプレゼントは『大人の時間』だ。 「声、たっぷり聞かせてもらうぞ」 「ん……っ」  寝室で……俺は瑞樹の着ている服を脱がし始めた。  早く、早く、モコモコのうさぎになって欲しくて――  

ともだちにシェアしよう!