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聖なる夜に 37
「おいおい、俺はスポーツ万能だ! そんな簡単に転んだりしないよ」
「そうですか。でも確か、去年の五稜郭では……」
「うわぁ……っ」
話している途中で、またツルッと足が滑って、ステンと転んでしまった。
瑞樹がキョトンとした表情の後、また腹を抱えて笑った。
「くすっ、ははっ、もうっ! どうして雪が最初から降っていたのに、そんなにツルツルの革靴で来たんですか。宗吾さんは学んでいませんね」
「この靴、スマートで気に入っていて……あー、でも、またやっちまった。かっこ悪いな」
「あの、宗吾さんって、もしかして……」
「な、なんだ?」
「……雪遊び系、苦手ですか」
「あーそれは……バレたか。実は……ウィンタースポーツがさっぱりだ」
瑞樹が出してくれた手に掴まりながら起き上がると、また尻のあたりが濡れていた。
「意外です。大学時代には、てっきり派手にスキーに行きまくったのかと」
「だろう? どうしてだろうな? スキー、スケート……ちっとも上達しなかったな」
「……じゃあ、軽井沢でしごいてあげますよ」
「君が?」
「くすっ。それよりお尻……大丈夫ですか」
「あぁ、参ったな。イテテ……今日は使いものにならないかも……」
「えぇ? それは困ります」
「はは、君のその顔」
「あー! もう」
俺たちは、マンションへの帰り道、どこまでもハイテンションだった。突然、とびっきりのクリスマスプレゼントをもらった気分で、浮き足立っていた。
瑞樹と二人きりのクリスマス・ナイト。
いよいよ待ちに待った『大人の時間』の到来だ。
「瑞樹、手を繋ごう!」
「はい!」
あれから1年だ。
去年のクリスマス……君の指は、あの事件で負った傷により硬直したまま動かなかった。あの日……君は手袋を外して、俺が贈ったばかりの家の鍵を握りしめた。それから手をゆっくり開き、少しだけ寂しそうに微笑んで、呟いたよな。
『悔しいな……早く全部の指で感じられるようになりたいです』
あの日の瑞樹の寂しい笑顔が、ずっと胸に切なく焼き付いていた。
だが最近の君は、よく笑ってくれる。心の底から楽しそうに。
君の心に、ようやく綺麗な花が咲いたのが伝わってくる。
「宗吾さん、今日は楽しかったです。あの、でも……やっぱり今の僕は、恵まれすぎていませんか。何だか最近いいことばかりで……実は、少し怖いんです」
二人きりになり……瑞樹が俺にだけ弱音を吐いてくれるのは、不謹慎だが嬉しかったりする。好きな人から頼りにされていると感じるのが、こんなにも心地良いなんて。
早くこの腕の中に、君をすっぽりと包み込んでやりたくなる。
「悪いことの後には、いいことがあるのさ。だから、怖がることはない。君は、迷いなく、それを受け取っていいんだよ」
「あ、はい……なんだか、ふわふわした心地です。僕にとって居心地の良い場所がどんどん出来て……宗吾さんとお付き合いしだしてから、僕は変わりました。自分からも……変わりたくなりました」
うん、やっぱり、君は前向きになったな。
1年前……まだ傷が癒えていない状態の君からは考えられない程、大きく羽ばたいた。
「寒いな。さぁもう早く戻ろう。時間が惜しい」
「はい! そうですね!」
マンションの鍵を開ける手が、かじかんでいた。
「冷えたな」
「宗吾さん……」
瑞樹が俺の手を包んで、息をフーフーと吹きかけてくれた。
「大丈夫ですか。手……大事にしてくださいね」
「君の指……自由になったな」
「はい。心と一緒に……自由自在ですよ、もう、ほらっ――」
瑞樹が手のひらを広げて俺の目の前に見せてくれたので、俺は恭しく、そこにチュッとキス落とした。
「え……」
「さぁ、もう中に入ろう。大人の時間だ」
「あ……はい」
鍵を開けて、芽生のいない部屋に入った。
確か……以前も、こんなシチュエーションがあったよな。あの時はお互いにがっついて、我慢出来ずに玄関で仕掛けてしまったが、今日はちゃんとベッドで、君を抱く。
その前に、可愛いウサギになってもらうからな。
「そ、宗吾さん? 目つきが悪いですよ。オオカミみたいです」
熱い視線を送ると、瑞樹が振り返って、苦笑していた。
「ははっ、大人のクマだって言っただろう?」
「大人の?」
「あっ、間違えた。大人しいだったな」
「くすっ、もう……大丈夫ですよ。クマの皮は脱いでも……その、僕だって同じ気持ちです。宗吾さんと、ふたりの時間を過ごしたくて」
「嬉しいよ。積極的な君もいいな」
大人だけのクリスマス。
子育て中だって、たまにはいいだろう。
こんな水入らずの時間を持ってもさ。
俺たちに届いたサンタクロースからのプレゼントは『大人の時間』だ。
「声、たっぷり聞かせてもらうぞ」
「ん……っ」
寝室で……俺は瑞樹の着ている服を脱がし始めた。
早く、早く、モコモコのうさぎになって欲しくて――
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