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気持ちも新たに 6

 指定された住所に、無事に到着した。  しかし……東京の雪って、あっという間に解けてしまうな。北国のように積もった雪にまた新しい雪が積もるなど、滅多にないのだろう。  潔いまでに、解けていく雪。  白く覆われていたアスファルトがまた元の灰色に戻って行く様子に、何故か心が軽くなった。  もう……ありのままでいよう。隠さなくていい、僕の心に素直になろう。  ここが玲子さんのご実家か……  高台にある洋館は、クラシカルな趣で、いささか緊張した。都内にも、こんなにゆとりのある建物があるのか。  玲子さんは、醸し出す雰囲気や、都心の一等地にご実家の援助でネイルサロンをオープンさせてしまう勢いから、やはり相当裕福な環境で育った人のようだ。  初めて会ったのは運動会だった。いきなり頬を叩かれ……そして続いてネイルサロンに呼び出され、珈琲を浴びた時は、とても理解できない人だと思ったが……今は違う。  見つめた手のひらには、彼女とハイタッチをした感触が蘇ってくる。あの日交わした言葉も、まるであの日に戻ったかのように、思い出していた。 …… 「瑞樹クンも!」  僕と玲子さんはハイタッチを、つまり互いの手のひらを顔の高で叩きあう動作をした。 「これであなたに引き継いだわよ! バトンタッチよ」  感激した。宗吾さんの前の奥さんから直接、言葉で任せてもらえて、気が引き締まった。 「僕が引き継いでも……? 本当に」 「えっと、あなただから……かな。他の人だったら分からない。これは瑞樹クンの人柄よ。人徳ね!」   ……  あの時もらった嬉しい言葉を糧に、僕はここまでやってきた。  だから、この先も、芽生くんを任せてもらいたい。  玲子さんの真似をするのではない。僕は僕のままで、芽生くんと宗吾さんとの関係を築いていく。  あの5月から月日がまた流れ、1日1日と僕達は家族としての一体感を増していた。  駐車した車から、おむつケーキを取り出して、深呼吸してからインターホンを押した。  感謝しよう。今日この場に立ち会えることを。僕や宗吾さんの知らない所で事が進まなくて良かった。 「はぁい? どなた」  玲子さんのお母様だろうか。年配の女性の声がする。 「加々美花壇の配送の者です」  セキュリティロックが解除された門を潜り抜け、玄関を開くと、すぐに気付いたのは、ただならぬ雰囲気。 (芽生くん……どうした?) (お兄ちゃん……こわい)  もしかして、玲子さんのお母さんが、芽生くんを引き取りたいと言ったのでは?  心の奥底に忍ばせていた不安が、爆発しそうになった。だが今日の僕は勤務中で……加々美花壇の人間だ。  今この場で僕が何を言っても、事を荒立てるだけだ。  涙を浮かべて怖がっている芽生くんを今すぐに抱きしめてやれないのが、もどかしい。でも芽生くんも頑張っているのだ。僕も頑張ろう!  芽生くんとは目と目で会話をした。 (大丈夫だよ。僕が来たから) (うん!) (勇気を出して。自分の気持ちを伝えるといいよ。遠慮しなくていいよ)  僕と芽生くんは心で繋がっているので、僕の思いは届く、ちゃんと届く!  そう念を入れると、本当に届いたようで、芽生くんの表情も緩んだ。  玲子さんも変わった。ますます変化していた。二度の出産を経て、子を守る母として強くなっていた。芽生くんを守り、芽生くんの幸せを願う気持ちは、僕と一緒だと確信出来た。 「あ、そうだ。瑞樹クン、そのケーキをベビーベッドの横に設置してくれる? せっかくだから、結《ゆい》に会っていって」  願ってもいない展開だった。  今日の経緯を前向きに考えようとした時、もしかしたら……と思ったことが、現実になっていく。  靴を脱いで……会釈してから部屋に入らせていただいた。 「瑞樹クン、ここに置いて。繊細な花をありがとう」 「玲子さんをイメージして作りました」 「まぁ、でも私はこんな優しくないわよ」 「いえ、心の中に花を持っています。玲子さんは心根の優しい人です」 「え……やだ。いつも気が強いと決めつけられて、そうすべきだと思っていたのに……もうっ、参ったわ……だから瑞樹クンは憎めないの」  ベビーベッドには、まだ小さな赤ちゃんがすやすやと眠っていた。  芽生くんの赤ちゃんの時と似ているのかな? 頭の中で考えていると、玲子さんが教えてくれた。 「あまり似ていないわ。芽生は宗吾さん似よね」 「……そうなんですね」  そうだ……誰に似ているとか、そういうことは関係ないのか。この子はこの子。世界に一人しかいないのだから。  玲子さんの産んだ子を見る機会など、僕には絶対にやってこないと思っていたので、嬉しいひと時だった。 「あの、僕に見せて下さって、ありがとうございます」 「チャンスは、有効に使わないとね」  一礼して一足先に僕は家を出た。  玄関の横に駐車した車にもたれ、天を仰いだ。  冬の澄んだ空気で、深呼吸をした。  さぁ後は、待つだけだ。  ひとりで頑張った芽生くんを、ギュッと抱きしめてあげよう!  

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