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気持ちも新たに 12
「パパ、早くおふとんつけて」
「おぅ! 待ってろ。瑞樹、手伝ってくれるか」
「はい!」
宗吾さんが天板を持ち上げてくれたので、僕は急いで炬燵布団を掛けた。優しいクリーム色に三つ葉の模様の布団が濃い色の炬燵に似合っていた。
「早くあたたまらないかなー、お兄ちゃんワクワクするね」
「うん!」
芽生くんに手を引っ張られたので、炬燵の中に足を入れてみた。まだ電源を入れたばかりなので冷たいが、芽生くんの可愛い素足とコツンとぶつかり、ニコッと笑ってしまった。
「あ、見て。のぞくとオレンジ色で暖炉みたいだよ」
「そうだね。でも目が悪くなるから、あまり見ちゃ駄目だよ」
「はーい!」
「おい、二人とも気持ちいいか」
「うん、だんだんあたたかくなってきたよ」
「コタツムリになるなよ」
「なぁに……それ?」
「こういうのだ!」
宗吾さんが大きな身体を炬燵に潜らせ、深く潜って顔だけ出して、ニカッと笑った。
「わー! カタツムリさんだ」
「正解!」
「ボクもやる~」
「そ、宗吾さん、芽生くんに変なこと教えないでくださいよ。風邪ひいちゃいますよ」
「ははは、瑞樹もやってみろよ」
炬燵の中で、宗吾さんの手を感じドキッとしてしまう。腰を抱かれるように引きずりこまれて、焦ってしまう。もうっ――
「わー お兄ちゃんが消えちゃう。アリ地獄だー」
「えぇ?」
「ははっ、芽生は物知りだな」
僕はその隙に炬燵から飛び出て、洗面所に逃げた。
なんだか家に危険なものがやってきたのでは? 鏡に映る高揚した顔を見て、苦笑してしまった。
でも、宗吾さんも芽生くんも楽しそうで、良かった。
年末年始は、みんなでコタツムリになりそうだ。
****
大晦日の夜は、家族団欒の時間だ。
俺たちも食事を終え、届いたばかりの炬燵に移動し、国民的番組を観ながら寛いでいた。
「ゆったりした大晦日だな」
「……ですね。ふゎぁ……」
大掃除で疲れた瑞樹を労うために夕食時にビールを飲ませたら、とろんとした顔になってしまった。
「おいおい、まだ寝るなよ」
「あ、はい……でも、眠たいです」
「お兄ちゃん、ねたらダメだよ~」
「うん……でも……ここ気持ちよくて」
意を決して掃除したベッドの下。埃がすごくて瑞樹、半狂乱だったなぁ。しかし、どうしてあんなに溜る? 瑞樹が来てからはマメに掃除しているのにさ。『俺たちがベッドではしゃぎすぎるせいで、綿埃が立つのかな』告げたら、怒られた。
リラックスした表情を浮かべる君を見ていると、こんな時間が幸せだとしみじみと思う。
レトロな炬燵の優しいぬくもりに包まれていると、しみじみと春先から今日までの日々を思い出す。
俺は、穏やかな日常がますます愛おしくなった。
ただ君がそこにいるだけで、心が凪ぎ、優しいそよ風が吹いているようだ。
やがて瑞樹が船を漕ぎ出す。
うつらうつらと、実に気持ちよく酔っているらしい。
俺たち家族にだけ見せる無防備な表情だ。
炬燵の中でそっと手をつなぐと、恥ずかしそうに目を細めて俺を見つめてくれた。
今度は逃げないのか。
ならばと君の指を絡め、恋人繋ぎをしてやった。
そのまま、俺は片手で日本酒をゆったりと飲んだ。
月影寺から贈られてきた『翠』という酒は、翠さんを彷彿させる澄んだ味わいで最高だ。澄んだ心で見つめれば、目の前にある、当たり前の日常がどんなに大切な貴重なものなのかが見えてくる。
気が付けば、芽生も瑞樹もコタツムリになっていた。
しかし、君たちがそこにいてくれるから、あたたかい。
間もなく年を越す。
「……ん、あ、すみません。僕、眠って?」
「あぁ、そろそろ起きろ。あと15分だ」
「芽生くんは?」
「寝落ちしたな」
「ふふっ、そういえば僕も小さい頃、頑張って起きていたかったのに炬燵で眠ってしまい、いつの間にかお父さんが二段ベッドに連れて行ってくれました」
君のお父さんか……自然に昔話をし出した瑞樹に……じんわりと感動した。
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