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気持ちも新たに 13
「よし、芽生を先にベッドに連れて行こう。流石にもう起きないだろう」
「僕も手伝います」
「じゃあ子供部屋のドアを開けてくれ」
「はい!」
俺はまるでコタツムリのように眠ってしまった芽生を抱き上げて、ベッドに運んでやった。先に子供部屋で待っていた瑞樹が、その様子をうっとりと……和んだ表情で見つめていた。
きっと……かつて瑞樹が、父親にそうされたのを思い出しているのだろう。俺は彼が無意識のうちに、自然と過去を振り返っているのが嬉しかったので、さらりと聞き流した。
可愛いうさぎの部屋着姿の芽生をベッドに転がすと、手足を縮めて勾玉のように丸まった。母胎にいる時、胎児はこんな格好で羊水に浮いていると聞いたことがある。瑞樹も似たような格好をすることがある。
うさ耳のフードに包まれたあどけない寝顔を、瑞樹とふたりでじっと見つめた。
「おやすみ、芽生くん。来年会おうね」
「芽生、ぐっすり眠れよ」
6歳児にはまだ年越しは無理だな。
さぁ、いよいよ大人時間の到来だ!
「瑞樹、炬燵で新年を迎えよう」
「はい」
「少し日本酒も飲めよ」
「でも……」
「もうすぐ正月だ。いいだろう?」
「じゃあ、少しだけ」
杯で乾杯。二人だけのカウントダウンパーティーだ。
それから、何故か瑞樹は正座をして除夜の鐘が画面の中で響くのを待っていた。
「宗吾さん、来年まであと1分位ですね。こんなに改まって新年を迎えるのは久しぶりです」
「そうかな? 改まってもいられないぞ」
「えっ」
瑞樹の肩を抱き寄せ、顎を掬い上げ唇を貰った。少し日本酒の芳醇な香りのする吐息ごと包み込んだ。
「あ、あの……」
「君とくっついて迎えたい」
「もう……っ」
そう言いながらも、薄く唇を開いて俺の侵入を許してくれる君が愛おしい。
「ん……っ、ア……」
舌を絡め合い、求め合う濃厚なキスをしながら迎える……新しい年。
互いに夢中になっていると画面の向こうから『新年あけましておめでとうございます!』と、女性アナウンサーの晴れやかな声が聞こえた。
それを合図に、俺は瑞樹を高々と横に抱き上げた。
「え……っ、そ、宗吾さん」
「年が明けたな、新年の挨拶は向こうでしよう」
瑞樹は慌てた様子で俺にしがみついてきた。少し酔っているので抵抗はなかった。身長はそれなりにあるが、細身なので男の君をこんな風に抱き上げてやれるのが嬉しい。
「え!」
「芽生と同じだよ。君も眠たそうだからベッドに連れて行こう」
「そんな……絶対に、眠らせてくれないくせに。昨夜だって……」
口を尖らせて甘える様子も可愛いだけだ。俺の寝室に君を連れ込んで、ベッドに落とすと、瑞樹は俺を見上げて照れくさそうに微笑んだ。
「瑞樹、明けましておめでとう」
「宗吾さん…… 明けましておめでとうございます」
「今年は、最初からずっと一緒だ」
「……はい、一緒にいます」
去年はクリスマスに函館で会ってから、1月と2月は君と過ごしていない。大沼に芽生と旅行する予定もあったが、インフルエンザにかかったりとでタイミングを逃してしまった。きっと……だからなのだ。こんなに執着してしまうのは……。
自分でもおかしいとは思うが、たまにふと怖くなる。あの軽井沢にて、間一髪で間に合ったから、今がある。しかしもしも……間に合わなかったら、どうなっていた? 君は正気を取り戻してくれたか。あの日病室のベッドで震え幼児に戻ったような錯乱状態だった君を見ているから、怖くなる。
俺にも弱い面があったなんて……最近あまりに順調過ぎるせいか。急に怖くなって、瑞樹を抱きしめたまま暫く動けなかった。
君が俺の腕の中にいてくれる。俺の傍で過ごしてくれている。
そんな今は当たり前のことが、とても愛おしい。
「宗吾さん、僕はもう、どこにも行きませんよ。行くとしたら宗吾さんも一緒です。宗吾さん、昨年はお世話になりました。僕が僕をここまで立て直せたのは、宗吾さんと芽生くんの愛情のおかげです。宗吾さんも……お疲れ様です」
瑞樹が俺を気遣い、労ってくれる。
俺の不安も怯えも、全部君は分かってくれているのか。
「悪い……少し感傷的になってしまった」
「いいんです。でも、なんだかいつもと違いますね」
「そうか」
「宗吾さんに心から甘えてもらっている気分がして擽ったいです」
「あぁ、そうだよ。君に甘えているんだ。ダメか」
「はい。あの……僕も甘えても」
「ん?」
「そろそろ……抱いて下さい……今日も繋がりたいです」
珍しい……、瑞樹からの甘い誘い文句だ。
俺は待ちきれなくなり、君に勢いよく覆い被さった。
新しい年を迎えるということは、自分を意識的にリセットする意味がある。同時に自分を進歩させるきっかけにもなる。だからここ最近の和やかで穏やかな日々を当たり前と思わず感謝して……大切に過ごしたい。
芽生の成長と共に、俺たちの関係も今日からまた新たな気持ちで成長させていこう。
「瑞樹、今年もよろしく頼む」
「宗吾さん……こちらこそ、よろしくお願いします」
妙に畏まった挨拶の後、君の寝間着に手をかけた。
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