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気持ちも新たに 14

「あけまして……おおめでとうございましゅ!」 「くすっ、明けましておめでとう。芽生くん」 「芽生、あけましておめでとう」    時計を見ると、もう10時だった。流石におせちにまでは手が回らず、事前にデパートに注文したものだが、ちゃぶ台風こたつの上は、正月らしい雰囲気となっていた。 「ボク……ねぼうしちゃって、ごめんなちゃい……」  まだ眠そうで舌足らずになっている芽生がぺこんと頭を下げた。寝起きは、まだ三歳児みたいだな。 「いいんだよ。お兄ちゃんも寝坊したから」 「そうなんだ~! あっ、パパは?」 「ん? パパはいつだって元気さ!」  力こぶを作ってみせると、芽生の目がキラキラと輝いた! 「パパは、やっぱりすごいね」  昨日は炬燵からの流れで、瑞樹を二日続けて抱いた。 自分でも意識してなかったが、去年の1月、2月は、瑞樹と会えない空白の日々だったので、言いようのない不安が押し寄せ、いつになく感傷的になっていたようだ。 瑞樹は全部分かってくれて、裸のまま両手を広げて俺を迎えてくれた。身体の全てを明け渡してくれた。優しい強さを身につけた君に、どこまでも甘えてしまった。  なんとなく気恥ずかしく、瑞樹をちらっと見ると、彼も同じ気持ちなのか、目元を染めつつ……こちらは見ずに芽生とばかり話している。 (なぁ、こっちを見ろよ)  必死に目で訴えるが、耳を赤くするだけで、じれったい。ならば……と、こたつ布団の中で、君の左手を掴んだ。  相変わらず細い手首だな。 「え……っ」 「どうしたの? お兄ちゃん」 「ん。いやなんでもないよ。め、芽生くん、黒豆を食べる?」 「うん。お兄ちゃん、とって~」    お? ポーカーフェイスか。ならばこれはどうだ?  俺も意地が悪い。  更に潜らせた手を動かして……綺麗に膝を揃えている太腿に手を伸ばした。 「あっ……宗吾さん! 黒豆が転がってしまいます」  瑞樹が困惑した表情を浮かべると、芽生がパッと、こたつ布団をめくった。うわっ、よせよせ! 俺は慌てて太腿に触れていた手を離したが、見つかってしまったようだ。 「あーパパーいけないんだ! 見えないと思って、お兄ちゃんにいじわるしたら、ボクがゆるさないよー。ボクはお兄ちゃんのキシさんなんだから」 「芽生、厳しいな」 「もうぅ……お兄ちゃん、こんなパパだけど、ことしもよろしくおねがいします」    やれやれ、息子にフォローされるなんて面目ない。 「くすっ、芽生くん、大丈夫だよ。こんなパパだけど、僕は芽生くんのパパが大好きだよ」  おぉ! 瑞樹は優しいな、あまり俺を甘やかさないでくれよ。   「わぁ、うれしいよ。ボクのパパのこと、スキって、うれしいな」 「あ、つい勢いで……」  瑞樹は恥ずかしそうに、黒豆を口に放り込んだ。  すると、絶妙のタイミングでインターホンが鳴った。 「宅配便だな」 「どこからでしょう?」  届いた宅配便は冷凍便だった。 「お! 函館からだぞ」 「広樹兄さんからです」  大きな発泡スチロールの箱を開けると、立派な蟹がドーンっと入っていた。 「朝市の蟹です。すごい……こんな丸ごと」 「瑞樹、すぐに電話しないと」 「そうですね。新年の挨拶をします」 ****  函館。 「ねぇヒロくん、そろそろ蟹、東京に着いたんじゃないかな」 「あぁ、きっともうすぐ電話がかかってくるぜ」 「ヒロくん、嬉しそうな顔をしているわね」 「ん? いや、その靴下が暖かくてな」 「ふふっ、話がかみ合ってないわよ。いいわよ、隠さないで。ブラコンは許すって言ったでしょう」 「みっちゃん、ありがとう! 座っていてくれ。俺が運ぶから」  昨日までの慌ただしさが嘘のように静かな朝だ。花市場も休みに入り、うちの店も正月3日間は休みだ。久しぶりの連休と正月気分で、ホッとしている。 「母さんも座っていてくれよ」 「まぁ、広樹は働き者になったわね」 「元からだぜ!」   家族のために靴下を贈ってくれた瑞樹に、俺も何か返したくて、朝市で蟹を買ったのだ。瑞樹はいくらも好きだったが、蟹も好きだったから。いつも遠慮して細い足ばかり選ぶから、俺が早業で剥いた蟹の身を皿にドバッとのせてやると、びっくりしていたよな。  東京では、なかなか丸ごとの旨い蟹は売っていないだろう? 家族で正月に食べて欲しくて、奮発してデカいのを選んだぜ。  スーパーで買ってきた蒲鉾を切ってお重に並べていると、電話が鳴った。 「お! きっと瑞樹だな」  いそいそと出ると、また潤だった。(おっと、または失礼か。潤も大事な弟だ) 「兄貴、明けましておめでとう」 「おうっ」     クリスマスに続いて、今度は正月の挨拶もしてくるなんて、どういう風の吹き回しだ? こちらに居る時は、店の手伝いもしないで友達と大晦日の夜から遊び歩いていたのに。 「おめでとう。そっちでひとりの年越しはどうだった? 寂しくないか」 「最初は寂しいかもと思ったんだけど、ちょっと楽しい企画を練っていたら、ワクワクして忙しいんだ」 「何だ?」 「うん、実は来月瑞樹たちがこっちに旅行に来てくれるんだ。それで準備していてさ」 「え! 瑞樹がそっちに? 軽井沢……って、その、大丈夫なのか」 「……あぁ、誘ったのはオレだけど、瑞樹ものってくれてさ……今度は楽しい思い出を沢山作って欲しくて、企画を練っている最中」 「確かに、そうだが」  軽井沢といえば、あの忌々しい事件を思い出す。あの土地に瑞樹自ら行こうと思うなんて……あいつまた無理してないだろうな。あー、つい心配になってしまう。 「潤、くれぐれも頼むよ」 「分かっているよ。で、オレのスノボ、部屋にあるだろ? ウェアと一緒に送ってくれないかな」 「あー、あれか。部屋を占領していたから助かるよ」 「カッコいい所を見せるには、やっぱ自分のボードがないとな」 「了解。瑞樹のはどうするんだ?」  あ、そうだ。瑞樹のスキーウェアなんてなかった。いつもオレのを貸してやっていたから、ぶかぶかなのを着ていたんだった。可哀想なことをしたな。   「それは大丈夫。実はいろいろ手助けしてしてくれる人が職場にいて、瑞樹たちのは一式借りられそうなんだ。あ、母さんいる?」 「母さん、潤だよ」 「まぁ! 潤、あけましておめでとう。風邪、引いていない?」  そうか、瑞樹……軽井沢に行くのか。  瑞樹は、今年は羽ばたくつもりだ。  羽を休ませていた鳥が、大空高く飛ぶように。  自由に――!   

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