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気持ちも新たに 15

「あれ? 話し中ですね」 「きっと向こうでも新年の挨拶を、しているのだろう」 「そうですね。じゃあ潤に……あれ? こっちもだ」 「なんだ。きっと潤と広樹が話しているんだな」 「あ、なるほど。それなら良かったです」  広樹兄さんと潤。二人の兄弟間に僕が突然入ったことにより、築けなかったものがあるかもしれないと、ずっと負い目に思っていた。  しかし最近の二人は気を許し合い、いい雰囲気なので、嬉しくなる。  僕はやはり、人と人が仲良くやっている姿を見るのが好きだな。自分の意見や正義を絶対に曲げず他人に流されない生き方も、もちろん立派だ。だが個々が別々の声を上げて、どこまでも相容れず離れてしまうよりも、個々の意見の折り合いをつけ、歩み寄っていきたいと願ってしまうんだ。  これは……偽善的で優しすぎると言われるかもしれない……理想論だとも。  しかし所詮……人は皆違って、それぞれの個性を持っているバラバラな存在だ。その人達が一つの星で、一つの地上で生きていくためには、やはり歩み寄り、譲歩がなくては、空しい世の中になってしまいそうで怖いんだ。  大切な人を失った僕だから……そう願ってしまうのかもしれない。    「瑞樹? 正月早々、難しい顔をしているな。どうした?」 「あ、いえ……何でもありません」 「ふぅ、やっぱり君はまだまだ周りに気を遣い過ぎだ。ほら、リラックスしろ」 「え、あっ……もう!」  宗吾さんがこたつの中でまた僕に触れてきた。今度は太ももの内側に手が入って来そうで、飛び上がった。  やっぱり、こたつは危険だ! 「で、電話するので、大人しくしてくださいよ」 「そうかぁ」 「……こたつ、もう片付けますよ」 「えぇ! それは困る!」 「くすっ」    僕たちのやりとりを聞いていた芽生くんが、目を丸くした。 「パパ、それはダメだよ!」 「そうだよね。芽生くん助けて! パパを見張っておいて」 「はい! たいちょう! ボクにオマカセクダサイ!」  芽生くんはうれしそうにこたつ布団に潜り込んで、宗吾さんの足裏をくすぐった。 「わっ、よせ! 芽生! はははっ!」  **** 「兄さん、瑞樹です。明けましておめでとうございます」 「おぉ! 瑞樹か。明けましておめでとう。なんだ? 随分周りが賑やかだな」 「あ、宗吾さんと芽生くんが、ちょっと……」  僕の隣で宗吾さんが芽生くんを抱きかかえて、「この悪戯っ子め」と笑っている。   「へぇ、仲良し家族でいいな。俺も早く父親になりたいよ」 「いよいよ今年は兄さんも、お父さんになるんだね」 「ついでに瑞樹は叔父さんだぞ」 「なんだか照れ臭いな。っと、それより兄さん、大きな蟹が届いたよ」 「無事届いたか。気に入ってくれたか」 「びっくりした。あんなに、いいの?」 「お前、好きだろ?」 「ありがとう。みんなで食べるよ」 「おぅ! 好きなように好きなだけ食べろよ。そうだ、さっき潤から連絡があったぞ」  やはり潤と電話をしていたようだ。 「瑞樹、本気で軽井沢に行くのか」 「あ……うん」  兄さんには、心配されるかもしれない。いや、怒られるかも……。  あの事件直後、函館から入院先の病院に駆けつけてくれた兄さんの蒼白な顔を思い出してしまった。覚悟の上、反応を待つと、それは意外なものだった。 「よし、行ってこい!」  何とも言えない心地になった。兄さんの大きくて温かい手によって、背中を力強く押して貰った気分だ。 「あ、あの……本当に行っていいの?」 「もちろんだ。瑞樹が行きたい時がついに来たんだな。それが嬉しくてな。今年最初のいいニュースだ」 「あ……っ」  僕のあの辛い事件を踏まえて、いいニュースだと言ってくれる兄さんが大好きで、また感極まってしまう。もう……僕の涙腺は最近どうなっている? 「う……っ」 「あー待て待て、泣くなよ。新年早々泣かせるつもりじゃ」 「兄さん……大好きだよ」 「あー? あぁ、馬鹿! 変な告白すんなぁー。隣で宗吾が睨んでいるだろう!」 「え?」  視線を感じて横を向くと、宗吾さんが睨んでいるわけではないが……じとっとした目つきになっていた。 「えっと……この好きは違くて」 「ちょっと受話器を借りるぞ」 「広樹か。瑞樹はもらった!」 「プッ、おいおい何、正義の味方みたいな台詞を吐いているんだ?」  そ、そうですよ! もう……大人げない!   「あ、そうか。芽生とアニメを見過ぎたな。明けましておめでとう」 「おう! 今年もメンコイ我が弟のことをしっかり頼むぜ。それから蟹をひとり占めすんなよ。瑞樹だけじゃなく蟹まで。ん? 変な日本語だな。とにかくあの蟹は瑞樹の好物だ。沢山食べさせろ」 「ははっ、了解だ」  **** 「宗吾さん、蟹、食べきれないから持って行きませんか」 「実家に?」 「はい。お母さんと一緒に食べたいなって」 「……瑞樹、サンキュ。いつも母を気に掛けてくれて」  新年の挨拶と芽生くんのお年玉をもらうために、宗吾さんの実家に出掛ける準備をした。 「どうせなら、賑やかに、大勢で食べたくなりました」 「そうだな、その方が美味しいな」 「はい!」  大きな蟹を担いでお母さんの家に到着すると、正月飾りとシンプルな門松が飾られていた。  この前来たときは、クリスマスリースだったのに、不思議な感じだ。  年末年始って、こんなに賑やかだったのか。クリスマスが終わって寂しい気持ちになるのも束の間、すぐに大晦日お正月と、家族のイベントが続く。  家族が集う時間が増え、冬の厳しい寒さを和らげてくれる。  僕もまたお母さんと兄さんとみっちゃんがいる函館に帰ろう。  潤が待つ軽井沢にも早く行きたい。  今の僕と繋がってくれている人たちとの交流を、今年はもっと楽しみたい。  新年の希望を胸に、門を潜った。  

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