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白銀の世界に羽ばたこう 2

 北野さんが優しくオレの心を探ってきた。  オレが抱えているのは、もう……誰にも言えない悩みだった。  今、瑞樹はオレを許し、優しく弟として扱ってくれる。  今はもう……東京で穏やかに幸せに暮らしている。皆に愛されている。  瑞樹自身が忘れようとしているのに、オレが埋めた過去を掘り起こすことなんて出来ない。兄貴や母親にも、あれは辛いだけの過去で、負担を掛けることになる。  全部……オレが蒔いた種だ。オレが回収して未来永劫、背負っていく。そう意気込んでいたのだが、その重みに息切れしていたのが事実だ。情け無いよな。 「ひとりで……背負い過ぎるな。自分に負けるぞ」 「……負けそうなんです。オレ……」  とうとう吐いてしまった。あんまり優しく聞いてくれるから……。 「やっぱり、何かあったんだな。なぁ話せよ。今日は大晦日だ。今年のうちにすっきり吐き出しちまえ」  だが、どこまで話していいのか、迷った。瑞樹は男なのに、男に拉致監禁され性的暴行に遭ったなど絶対に必要以上に、他人に話すことではない。  そもそも、事の発端は、クリスマスに瑞樹と話した何気ない会話からだった。  寂しさが募り、ついこっちに遊びに来てくれないかとオレから誘ってしまった。言った後すぐに後悔したのに、瑞樹の方から行きたいと言ってくれるなんて驚いた。 「優しくて暖かい存在なんです。綺麗で、きめ細やかで、一緒にいて……本当は最高に居心地がいい人だったんです」 「おい? 誰のことを言っているんだい?」 「……兄さんです。自慢の兄なんです」 「あぁ2月に遊びに来てくれるって言っていた人か」  もう……ダメだ。言葉が溢れてくる。全部北野さんに吐き出してしまいたい。 「そのまま話せ。秘密は守るから」 「うっ……いいんすか。本当に」 「あぁ」 「……実は……その兄は10歳の時に交通事故で家族を失い、オレの家に引き取られたんです。当時まだ5歳だったオレは、突然家族の中に入ってきた兄のことを、本当は好きなのに素直に受け入れられなくて……」 「あー、分かるよ。潤の気持ちも分かる。子供心もなかなか複雑だもんな」 「え……っ」  そんな風に言ってもらえるなんて、驚いた。だがオレは大人になって、もっと酷いことをしてしまった。 「ありがとうございます。でも……オレ、そんなこと言ってもらえる資格がないんです。去年、大変なことをやらかして……兄に一生消えない傷を作ってしまったんです」 「おいおい、落ち着け。でも、そのお兄さんが家族で遊びに来てくれるんだろう?」  北野さんが、切り株に腰掛けたまま項垂れるオレの肩に、そっと手をあててくれた。 「なぁ、こうじゃないか。したことは取り返しがつかなかいかもしれないが、今、二人は歩み寄っている。大切な人の笑顔を見るために、何か出来るって最高じゃないか。大切な人がいるから、出来るんだぞ」 「あ……」  オレが思ったのと……同じことを言ってくれるのか。 「最初は兄がオレを見捨てないで、チャンスをくれたのが嬉しくて、旅行の企画を楽しく練っていたんです。軽井沢の観光名所や、子供でも楽しめるスポットなど……でも本当に軽井沢でいいのかって……軽井沢は忌々しい記憶が残る場所だから」 「ふぅん、お兄さんには、お子さんもいるのか。だが軽井沢に彼も来たいと言ったんだろう? じゃあまずはそれを尊重して、よく事情は分からないが嫌な思い出を払拭させ、そうだ。その後、こっちに連れてこいよ。白馬はいいぞ! 雪の質も最高だし、お前達の故郷のように雄大だ」 「え、ここまで……? 」 「そうだ。白馬のことなら、この俺に任せろ。最高の企画を練ってやるよ。お前達兄弟にとっても、お兄さん家族にとっても最高の思い出が作れるようにさ」  突然……目の前が開けた気分だ。 「オ、オレ、瑞樹とスキーがしたいんです! 一緒に雪山を滑り降りて爽快な気分を味わいたくて」 「ふっ、兄さんは瑞樹くんというのか。いい名前だな。おぅ、白馬のスキー場なら任せておけ。お兄さん、スキーが上手そうだな」 「はい、とても。綺麗なんです。滑り方が……あぁそうだ。白馬って名前もいい! 兄さんが乗っていそうだ」 「はは、いい顔になってきたな。その調子だ。よーし、今日は俺とみっちりと計画を練るぞ。そんで正月に、兄さんに電話して伝えろ」  瑞樹の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。確かスキーがしたいと言っていた。ここは大沼のようなパウダースノーだ。 「白馬はいいぞ。ふわふわな天然雪と初級者から上級者まで楽しめる多彩なコースがある。何しろ極上のパウダースノーは、海外からもプレーヤーが来るほどの人気だからな。雪質も柔らかくサラサラだから、お子さんが転んでも体が濡れにくいのがいいしな」 「ですよね!」  ワクワクしてきた。さっきまでの暗い気持ちが吹っ飛んだ。 **** 1月2日、東京。 おせち料理を食べた後、僕たちはこたつに入ってぬくぬくとしていた。 こたつって気持ちいいな。あぁでも、コタツムリになると動けなくなる……。 テレビの画面には、元旦の街の様子が映し出されていた。 『本日、1月2日は書き初めの日です。新しい年が明け、最初に行うお習字で、新年らしく、おめでたい文字が書かれることが多いです。日本の年中行事の一つですので、皆さんもいかがですか』  懐かしいな、小学校の冬休みの宿題はいつも書き初めだったな。  小さな子供たちが、緊張した表情で筆を持つシーンが映し出されると、芽生くんが、僕の隣りでキラキラと目を輝かせた。 「お兄ちゃーん、どうしてかきぞめってするの?」 「それはね、今年がんばりたいことを紙に書いて、字も上手になりますようにってお願いすると、いいことがあるからじゃないかな」 「お願い? ボクもしたい!」 「うーん、宗吾さん、この家には筆や半紙はありますか」 「そんなもん、ないよ」 「えー! やりたかったのになぁ……」 「じゃあ……何か代用出来そうな物はありませんか」 「お! 瑞樹、いい物があったぞ」  (ん? 待って……宗吾さんのいい物って、不安でしかないんですが……)  宗吾さんが炬燵から抜け出して、いそいそと寝室に入っていった。  え? 文房具の入っている引き出しでなく……そっち?   一体何を持ってくるつもりだろう? これは怪しすぎる! 「これだ、これ!」    そして、すぐに何かを抱えて戻ってきた。 「えっ、えー‼ そ、それって……」

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