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白銀の世界に羽ばたこう 3

「そ、宗吾さん? そ、それって……」 「あー、パパ。それって、クリスマスにもらったパンツだね」 「そうだ。正月から下ろそうと、しまっていたのを忘れていたな」  函館の母が送ってくれた真っ白なボクサーパンツ、大・中・小を宗吾さんがコタツの上に恭しく並べた。  これって、これって、まさか……まさかの半紙の代わりなんですかー! と、心の中で叫んでいた。 「パパー、ほんとうにいいの?」  まずい。芽生くんの目が期待に満ちている! キラキラと輝く瞳が眩しいほどだ。 「あぁ、正月だから特別だぞ。芽生、ほら、これを使え」 「うわぁ……あこがれのユセイマジックだ!」 「半紙と筆じゃないが、これでいいだろう。さぁ、思いっきり書いてみろ」 「う、うん!」  思わず目を瞑った。まさかの『み×き』パンツの2枚目になるのか。 「よーし、がんばるね! えっとぉ……『め』……『い』っと。やったぁ! じょうずにかけたよ。お兄ちゃん、見て~見て!」  目を開くと、とても上手にバランスよく書けていたので、感動してしまった。 「芽生くん、すごい! すごいよ。急に字が上手になったね」 「ほんと? おにいちゃん~、ここに、花まるして」 「え? ここに」 「うん!」  参ったな。そんな可愛い顔で頼まれては、断れないよ。    油性マジックを借りて、『め・い』という文字の上に、花丸をつけてあげた。 「わぁ、おにいちゃんの花まる、すごくキレイだね! ボクも花まるをかいてみたいな」 「そ、そうなの?」 「そうだ! おにいちゃん、おにいちゃんもかかないと、おなまえ」 「え? どうして?」 「ほら、だって2月に、みんなでりょこうするから」 「う、うん」  まずい。また……芽生くんのキラキラな瞳に吸い込まれる。  僕は気がついたら、白いパンツに自分の名前を書いていた。(参ったな。こういうの墓穴を掘るっていうのでは? 現に宗吾さんが期待に満ちた目で、僕の手元を見つめているし) 「おにいちゃんの字、きれいー。じゃあ花まるをつけるね」 「あっ! そこに?」 「駄目?」 「う……う、いいよ」    終わった……。芽生くんによってまた『みずき』の『ず』の字に、今度は花丸をつけられてしまった。これって……もう、絶対に宗吾さんが喜ぶやつ。 「パパもかいてー」 「お、おう!」  こんなことするのもお正月だからですよ。と念を押すように宗吾さんをじどっと見つめると、彼は苦笑していた。 「よーし、キレイにかくぞぉ。っと布地に書くのは難しいな。あれれ? うわっ、まずいな」  そうごさんは生地に筆がひっかかり、お世辞にも綺麗とは言えない文字になってしまった。それを見て、芽生くんも困り顔だ。 「んー、パパは……もうちょっとですねー。パパはバッテンだよ」 「え! それはないよ。あぁぁ……」  くすっ、宗吾さんが『×』ならいいか。なんて思うと、急に可笑しくなって、抱腹してしまった。 「くくっ……は、ははっ!」 「あ。お兄ちゃんの『ばくしょう』だぁ」 「瑞樹、いい笑顔だぞ。明るい正月だな」 「はい!」  そこで電話が鳴ったので、出ると潤からだった。 「潤!」 「兄さん、明けましておめでとう」 「潤、昨日はどこかに行っていたのか。何度か電話したんだよ」 「あー悪い、山道を走っていたから、圏外だったのかも」 「あれ? じゃあ、軽井沢にはいないのか」 「今、白馬にいる」 「白馬って、長野県の白馬村のこと?」 「そうだ。いい所だぜ」  電話の向こうは、随分賑やかだ。幼い子供の声や誰か大人の声もする。 「潤……周りが賑やかだね」 「あぁ、職場で知り合った人の家に、お世話になっているんだ」 「え?」  意外だった。潤にそんな社交的なことが出来るなんて。でもお正月をひとりではなく、賑やかに過ごせているようで安心した。 「楽しそうだね」 「そういう兄さんも声が明るいな」 「うん。ちょっと面白いことがあって」 「あー、さてはまた宗吾さんが変なことを?」 「ち、違うよ。あはっ」  いつになく楽しい気分で、話す口調も軽くなってしまった。潤はそんな僕の様子を、受話器の向こうでじっと聞いていた。なんとなく潤の様子がいつもと違うようで、急に心配になった。  もしかして…… 「潤……僕が軽井沢に行くのを、負担に思っていないか」 「えっ」 「そ、そんなことはない」 「なぁ……潤、どうしたらお前の心を解放してやれる?」 「はぁ……兄さん……参ったな。兄さんは人の心に敏感過ぎるよ」  やはり、潤の後悔は消えていないのか。どうしたら、払拭してあげられるか。僕が軽井沢に行くのが一番いいと思ったのだが、負担をかけてしまったようで、忍びない。 「潤……僕、行かない方がいい?」 「いや、違う! 来て欲しい。実は今その計画をお世話になっているご家族と練っているんだ」 「そうなの? 楽しみだな。潤に全部案内してもらうよ」 「期待していてくれ。兄さんだけでなく、宗吾さんも芽生くんも楽しめる旅行になるようにしたいんだ」  あの潤が、こんな風に気遣いが出来るようになったなんて。 「潤、なんだか急に大人びて……兄さん、少し寂しいな」 「何言ってんだよ。オレ……今までが子供っぽ過ぎたんだ」 「でも……」 「兄さん、白馬の雪はパウダースノーだぞ。ふわふわな天国のような雪が舞っている。軽井沢に一泊したら、白馬に一緒に行こう!」  潤の言葉、一つ一つが心に響く。  うん……いいね。僕も清らかな雪……雪に触れたいよ。  雪の結晶が見える世界に行きたい。 「来月……潤と過ごせるのが、嬉しいよ」 「兄さん、ありがとう!」  

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