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白銀の世界に羽ばたこう 4

「瑞樹……大丈夫か」 「あ、はい」 「おいで」  その晩、軽井沢にいる潤のことを考え……物思いに耽っていると、宗吾さんが広い胸に僕を呼んで抱きしめてくれた。彼の鼓動に包まれて眠るのが好きだ。だから耳を心臓にそっと押し当てた。  そんな僕の肩を、彼がグッと力強く抱き寄せてくれる。こういう時の宗吾さんは本当に頼もしい。 「……そうか、潤も待っているんだな。君が来てくれるのを」 「……はい。潤の心も解放してあげたいです」 「そうだな。君が軽井沢の地で幸せに笑う姿を見せてやりたいな。大丈夫だ、俺もいるし、芽生もいる。君はもう、ひとりではない。だからひとりで無理はするな」 「はい……2月の旅行が、楽しみです」  **** 正月休みはあっという間に過ぎてしまった。  三日には、昨年、甘雨の頃に出会った宗一郎さんとしずくくんが、僕たちの家に遊びに来てくれて、賑やかで和やかな一時だった。皆で入ったコタツは、いつもよりさらに暖かだった。  彼らも僕たちと同じで同性同士で付き合っている。僕の知り合いには、月影寺の人達以外には、いないので親近感が湧くし、しずくくんの反応や仕草が可愛くて溜まらない。彼は年の近い弟みたいだな。芽生くんは友達だと思っているみたいだけれども。 「お兄ちゃん、そろそろねむいよ」 「あ、そうだね。もうこんな時間だね」  それにしても宗吾さんのいない週末はやっぱり寂しいな。彼は今日から1週間、NY出張だ。 「パパがいないと、おうちがしずかだね」 「そうだね、今日から僕と二人だけれども、よろしくね」 「うれしいよ! お兄ちゃんをひとりじめできるね」 「くすっ」 「今日はパパのベッドで眠ろうよ」 「そうしよう」  芽生くんと一緒に大きなベッドに潜り込むが、いつもより広く冷たく……寂しく感じた。そんな僕の少し沈んだ心を、芽生くんは敏感に察知してくれた。 「お兄ちゃん、なんだかさむいね。いつもおおさわぎするパパがいないとさみしいね」 「うん……本当に」 「そうだ。ちょっとまってね」 「芽生くん、どこへ?」 「ボクのおへや」 すぐに芽生くんは、顔が隠れるほど大きなクマのぬいぐるみを抱えて、戻ってきた。   「よいしょっと。お兄ちゃん、クマのパパといっしょにねむろうよ」 「うん! そうしよう」  これは、宗一郎さん達と忘年会をした時に、グイグイな宗吾さん怯えるしずくくんに、買ってあげたクマだった。 『このぬいぐるみを連れて帰って、少しは俺に慣れろ』だなんて、宗吾さんらしいことを。それにしても……くすっ、やはり凜々しい眉毛が宗吾さんに似ている! そしてお正月にしずくくんがこの家に連れてきて、そのまま居残ったんだ。   「パパクマさん、お兄ちゃんのことよろしくね」  芽生くんが僕の横にクマくんを置いてくれて、ポンポンとお腹を叩いた。 「お兄ちゃん、このパパクマくんのおなかぽっこりで、ボクとにているね」 「くすっ、本当だね」  ぬいぐるみのクマが、今日から宗吾さんの代わりだ。ぬいぐるみをそっと撫でてみると、宗吾さんが着ているフリースの肌触りと似ていて安心した。 「おやすみ、芽生くん」 「お兄ちゃん、いい夢をみようね」 「うん」    いつもはもっとあどけない芽生くんが、今日は少し大人びているような? 「ボクね……大きくなったらお兄ちゃんを守るキシさんになるよ。だからお兄ちゃんには、もう何もこわいものなんてないんだよ」 「芽生くん……ありがとう」  人はひとりで生きているわけではない。気がつかないうちに、周りに支えられていることを忘れないでいよう。僕も芽生くんの優しさと、宗吾さんの頼もしさに何度救われたことか。 「芽生くん、宗吾さんが戻って来たら、いよいよ軽井沢旅行だね」 「たのしみだなぁ。雪をみにいこうね」 「あのね……僕がもし途中で少し……怖くなったら……守ってくれる?」 「もちろんだよ! お兄ちゃん」  その晩……僕は芽生くんと手をギュッと握りしめて眠りに落ちた。反対側の手はクマくんと繋いでいた。  潤……行くよ。  僕は行く。  もう行きたい。  だから、一緒に乗り越えよう!  最後の壁を越えるのは、潤と一緒がいい。  大空高く飛び立つには、潤の力が必要だ。    ****  2月最初の土曜日の朝。  凍てつく朝の空気を、思いっきり吸い込んだ。  いよいよ今日だ。瑞樹がこの地へやってくる。  瑞樹たちは昼過ぎに、新幹線の軽井沢駅に着く。  仕事中に抜け出す許可をもらったので、駅まで車で迎えに行き、そのまま『軽井沢イングリッシュガーデン』に連れてくる。本来ならば冬季休館中だが、オーナーに頼んで特別に入園を許可してもらった。  その後は少しだけ別行動だ。瑞樹は、あの事件で世話になった、松本観光に立ち寄りたいそうだ。どうしてもお礼がしたいと……そういう所がやっぱり律儀な瑞樹らしいよな。  夜は兄さんに似合いそうなクラシカルな老舗ホテルを予約してある。俺には場違いだから、今晩は家族水入らずで過ごして欲しい。  明日は白馬のコテージで大自然を満喫するので、今日は敢えて軽井沢らしい洒落たホテルに泊まるのがいいと、北野さんからのアドバイスだった。  兄さんの笑顔を、早く見たい。  兄さんがこの地で笑ってくれたら、それでいい……それで救われる。  パンっと頬を叩き、気を引き締めた。 「さぁ、俺にとって大切な1日の始まりだ! 潤、お前……しっかり頑張れよ!」  自分を叱咤激励して、仕事に向かった。 あとがき(不要な方はスルーです) **** さぁ、いよいよ軽井沢にやってきます! 中盤で出てきた甘雨の頃に出会った、宗一郎さんとしずくくんカップルの話は表紙絵や挿絵を描いて下さっているおもちさんのキャラで、『クロスオーバー作品集』で、最近、私が書いた流れを盛り込んでいます。 他サイトですみません。→https://estar.jp/novels/25642826  

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