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白銀の世界に羽ばたこう 5
「宗吾さん、お帰りなさい」
「パパぁ~おかえりなさい」
NYの出張から戻ってきた宗吾さんが、玄関で出迎えた僕と芽生くんを抱きしめてくれた。
久しぶりに感じる、彼の腕の力、ぬくもりに安堵する。
僕と芽生くんは同じだけ愛されている。それが伝わってきて、僕も宗吾さんの背中に手を回して、しがみついてしまった。
こういう時は……僕も、まるで芽生くんと同い年の子供みたいだ。
「お土産をいっぱい買ってきたぞ」
「わぁ~なんだろう?」
「ありがとうございます」
仕事で行ったはずなのに、こんなに買う暇があったなんて驚いた。鞄から次から次に出てくるカラフルな異国のグッズに目を丸くしてしまう。
「アメリカの甘いお菓子と、芽生には、マフラーと手袋とニットキャップのセットだ。あとアルファベットの絵本と……まだあるぞ~」
白いウールに赤いノルディック模様の入った子供らしいキャップとマフラーを、早速芽生くんが身につけた。
「どうかな? すごくあったかいよ」
「よし、サイズ、ぴったりだな。明日の旅行に持って行こう」
「うん! もうじゅんびしたよ」
「よし、瑞樹にはこれだ」
宗吾さんから小さな箱を渡された。開けるとガラスのオブジェのようなものが出てきた。
「あの……これは?」
「えっと、なんだったかな。あぁそうだ。 『ストームグラス』と言うそうだ」
「綺麗ですね、白い結晶が見えます」
「……それさ、夏樹くんがいる天上の世界みたいだろう?」
「あ……確かに」
それはガラスで出来た雲の形の置物で、初めて見るものだった。宗吾さんの説明によると『ストームグラス』と言って、19世紀初頭にヨーロッパで航海時に気象情報を予測するために使われていたもので、ガラスの中にはアルコールに溶かした化学薬品が入っていた。
「中の結晶が、天気によって変化するそうだ」
「えっ、どうなるんですか」
「雪の日には小さな結晶がガラス内に浮かんで、まるでガラスの中に雪が降っているように幻想的だそうだ。もちろん、雨の日も曇りの日も、様々な変化が見られるってさ」
「そうなんですね。もしかしたら……夏樹がいる世界はこんな場所なのかもしれませんね」
結晶が雲の中を舞う様子を想像すると胸が高鳴った。まるでスノードームのようだ。
「気に入ったか。君の傍にも、いつも天上の世界があるといいと思ってな」
「あっ……嬉しいです、とても」
「よかったよ。1週間も会えなくて寂しかっただろう?」
「あ、はい……あ、でも……」
僕たちの話を聞いていた芽生くんと、「ねー」っと、顔を見合わせて笑ってしまった。
この1週間、僕たちはいつも3人で……違った! 2人+1頭と眠っていたから、そんなに寂しくはなかったとは言えない。
「なんだ? ふたりして」
「くすっ、それは……あとで話しますね」
****
NY出張は相変わらず休みなしの強行軍だったが、明日から休暇をもらっているので、上機嫌だ。
さぁ、いよいよ軽井沢に行くぞ。
明日に備えて芽生はもう眠らせたし、ここからは大人の時間だ。1週間の我慢のご褒美をもらいたい。今日は君を抱いてもいいよな?
「瑞樹……あがったぞ」
「あ、すみません。これをずっと見つめていました」
「気に入ったか」
「はい、とても」
クリスマスの前後から、何故か瑞樹が妙に亡くなった夏樹くんを気にしていたので、少しでも『ストームグラス』が慰めになればと選んだ。
実はNYの仕事で知り合ったインテリアデザイナーに、日本で待つ恋人への土産を相談した。雪に憧れ空を愛おしく見つめる君に.……天国に浮かぶ雲のような飾りを贈りたかった。
彼に教えてもらった『ストームグラス』は、まさに俺の希望にぴったりだった。さすがデザイナーだ。センスいいな……アイツ。
予想通り瑞樹はとても気に入ったようで、パジャマ姿でうっとりと見入っていた。
「さぁ、もう寝るぞ」
「あ、はい」
瑞樹の頬がサッと赤く染まる。
そんな様子に……君も、大人の時間を期待しているの伝わり、嬉しくなる。
ところが、俺の羽毛布団が何故かこんもりと盛り上がっている。
「おい、何者だ?」
「えっ? 何者って……」
「くせ者か!」
「くすっ、あはっ……その言い方。もう宗吾さんは芽生くんとアニメを見過ぎですよ。いや、もっと古めかしいですね」
先客がいる!
掛け布団を慌ててパッとめくると、茶色い物体が図々しくど真ん中で眠っていた。
「あぁ~なんてこった! あのクマが俺の寝床を占領しているなんて」
「それはですね……えっと……芽生くんが僕が寂しくないように置いてくれたんですよ」
「そうだったのか。だが、もうコイツは不要だな。ほら来い。生身の俺が君を抱いてやる」
「あっ、クマくん……」
クマを放り投げようとすると、瑞樹が慌てて止めて、クマをむぎゅっと抱きしめて頬ずりした。
「ダメですよ。雑に扱わないで下さい。この子……宗吾さんに似ていて、可愛いです。肌触りも良くて……」
「参ったな。俺に似たクマに焼きもちだなんて。あークマ殿、こちらに」
今度は瑞樹の腕からクマを優しく取り出して、ベッドの横のテーブルに置いてやった。
クマにギラッと見つめられている気がしたので、くるりと向きを変えて、目が合わないようにした。こんな目つきの悪いクマを、しずくくんの家に置いて悪かったな。短期間で返却されたのが、今なら分かる!
それから……気を取り直して、瑞樹を優しく押し倒した。
「あ……あの、……今日もするんですか」
「したくないか」
「そんな聞き方……ずるいです」
「俺は待ち遠しかった」
「あ……はい……僕も……です」
仰向けにした瑞樹の身体に腕を伸ばした。少し長めの髪をいつものように指に絡め、梳いてやる。早く触れたいと焦る気持ちを必死に押さえ込むが、お見通しのようだ。
「あ、あの……優しいクマじゃなくていいです……、狼になってもいいんですよ?」
面映ゆそうに、甘い声で囁いてくれる愛おしい人。
瑞樹の方からも俺に身体を擦り寄せてくれるので、可愛い口をぴたりと塞いでやった。
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