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白銀の世界に羽ばたこう 7

 たのしいなぁ! わくわくするなぁ!  みんなで旅行できるのがうれしくて、ボクは朝から、ごきげんだよ。  シンカンセンの窓にはりついて外を見ていると、ビルばかりだったのに、だんだん色がかわってきた。ボクの大好きなよつ葉色でイッパイになってくる!  はじめは公園……それから原っぱ、それから田んぼ。遠くには山も見えてくる。 「おにいちゃーん、みてみて! 大きなお山が見えてきたよ」 「……」 「あれ……ねちゃったの? パパーおにいちゃんってば、けしきもみないで、グーグーだね」  パパに聞いてみると、パパは目を細めて、ひとさし指を唇にあてた。 「あ、わかった。シーッ、だね」  そうか……今は、おこしたらダメなんだね。  あ、もしかして……お兄ちゃん、こわくなっちゃったの?  パパがいないとき、おにいちゃんがボクにたのんだことを思い出した。 『あのね……僕がもし途中で少し怖くなったら……守ってくれる?』  もしかして……おばけさんがこわいのかな? それともオニさんかな?   おとなでもこわいものってあるんだね。はじめてのお兄ちゃんからのおねがい、うれしかったよ。だいじょうぶだよ。ここにはボクもパパもいるから。ふたりのキシ (えーっと、パパもキシさんでいいのかな?)がいるから、ぜったいに、ぜったいにまもってあげられるよ。 「だいじょうぶだよ」 「大丈夫だ」  パパとボクの声がそろったよ。なーんだ、やはりパパもキシさんなんだね! 「……芽生、この旅行は特別なんだ。二人で瑞樹をこんな風に守ってやろうな」 「うん! わかった」 「それに……芽生がいっぱい楽しんでくれると、瑞樹が喜ぶぞ」 「うん! ボクね、すっごくワクワクしているよ。お兄ちゃんがだいすきな雪でいっぱいあそぶんだ」 「あぁ、そうしよう」  ボクの方からお兄ちゃんとおててをつないだ。いつもつないでもらう手は、ひんやりとしていた。 「あれ? さむいのかな」 「そうかもな。3人で寄り添っていよう」 「うん」  ボクはおにいちゃんにくっついて、目をとじてみた。  コトコト、コトコトと、シンカンセンがゆれている。  このまま、雪の世界に運んでもらおうっと!  **** 「潤、そろそろ時間じゃないか」 「あっ、すみません」 「いや、お兄さんたちが来るなんて、楽しみだな」  仕事に没頭していると、オーナーに声を掛けられた。もうそんな時間か。時計を見上げると、瑞樹たちの乗せた新幹線の到着時刻が迫っていた。 「はい! あ、すみません。車も借して下さって」 「おう、しっかりエスコートして来い。しかし潤がこんなに『ブラコン』だとはなぁ」 「えっ、そうっすか」 『ブラコン』……そうか、そうだったのか。まぁ……瑞樹に対する強い愛着や執着って、立派なブラコンだな。いつも函館の兄貴がブラコン過ぎると呆れていたが、オレも同類だったのか。  瑞樹はそれほどまでに、人として魅力的なんだ。  車に乗ってスマホを確認すると、宗吾さんから連絡が入っていた。 「今日からよろしくな。新幹線の中で……瑞樹はぐっすり夢の中だ。だから安心しろ」  なるほど、瑞樹の恋人は豪快で大雑把なようで、案外マメな人だ。今回の旅行だって、裏で心配して連絡があった。   『瑞樹の負担にならない計画を頼んだぞ』 『はい、楽しい思い出で塗り替えてやりたいんです。どうか協力してください』 『もちろんだ。俺たちの気持ちは一緒だ』  幸せを願う心は、いつだってひとつに揃う。オレは、そんな簡単ことに気付けず、長年、瑞樹を傷つけ、怖がらせてしまった。兄貴みたいに、瑞樹の幸せをただ願いたかっただけなのに。    やがて、新幹線が到着したらしく、改札が人で溢れてくる。  道中、無事だったろうか。眠っていると書いてあったが、怖い夢を見たりしなかったか。あの日……あいつに脅されて乗車した新幹線。オレのせいで逃げるに逃げられなかった瑞樹の心中を思えば、胸が塞がる。  兄さんどこだ? 早く元気な姿を見せてくれよ。  そんなオレの沈みゆく気持ちとは真逆の明るい声が、聞こえた。 「じゅーん、ここだよ! ここ」 「兄さん! 宗吾さん、芽生くん」  芽生くんの手を引いた兄さんが、足早にオレの前にやってくる。 (元気に到着したよ。悪い夢は見なかったから安心して)    そう伝えてくれるような、穏やかな笑顔だった。  泣けてくる。兄さんの優しさが……優しく春雨のように降り注ぐ。 「よく来たな。兄さん……」 「うん。来たよ。約束通り」 「あぁ、待っていた」  ふたりきりの世界に浸っていると、宗吾さんにど突かれた。 「おい、何をしんみりしている? さぁ旅行スタートだ。頼んだぞ、潤」 「お、おう!」  宗吾さんは、やっぱり、オレら兄弟にはない独特なパワーを持っているな。  瑞樹にはこれくらいがいい。強いパワーで導いてもらうのがいい。宗吾さんの爽快で豪快なスピード感のある生き様は、兄さんに良い影響を与えている。  ほら現に……瑞樹はまた少し変わった。  秋に函館で会った時よりも……優しさに強さが加わったような気がした。 「潤、連れて行ってくれ。見せてくれ。お前の生きる世界を――」  そうだ。いつものオレらしくいよう。それが一番瑞樹が喜ぶことだ。 「車で来たんだ。まずは職場を案内するよ」 「楽しみだ。ずっと見たかったよ」  芽生くんが車の座席に座ると、クンクンと鼻を子犬のように動かした。  な、なんだ? 煙草なら、やめたぞ? 「わぁ! ジュンくんは土のにおいがするね。おひさまのにおいも!」  そのコトバに、途端に嬉しくなった。たばこや酒の匂いをプンプンさせていたオレから、土の匂いがすると?  花のような瑞樹の、彼を育む土壌になれたら本望さ。 「ふふん、潤は可愛いヤツだな。顔にモロ出ているぞ。お前が土なら、俺は潤いを与える水かな、それとも瑞樹の頬を撫でる風かな~」  宗吾さんに対抗意識をもたれて苦笑してしまった。俺や瑞樹よりずっと大人なのに、子供っぽいことを。 「はいはい。お惚気はあとでたっぷり聞きますよ」 「あのあの、ジュンくーん、パパのことよろしくおねがいします」 「ははっ、しっかりしているな。芽生くんはだんだん瑞樹に似てきたな」 「ほんとう? わぁ……よかった。うれしいよ!」  さぁ行こう!   さぁ始めよう!  楽しい旅行になるだろう。  そんな予感でいっぱいだ。

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