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白銀の世界に羽ばたこう 30

 5メートルほど滑っては止まるを繰り返していくうちに、いつの間にか斜面を滑り終わっていた。 「あっ……お兄ちゃん! ここって、さっきボクたちがいたところだよね?」 「うん、そうだよ」 「わー! あんなに遠くから……ボク、ひとりですべってきたの?」  芽生くんは自分が移動した距離を見つめて、嬉しそうにバンザイした。 「わーい! ボク、すごいぞ! すごいや!」  いいね。僕も子供の頃は、こんな風に自分を自分で沢山褒められたのに。一体いつからだろう? 心を抑制し、自分を卑下してしまうようになったのは。 「瑞樹、ありがとうな。芽生のやる気を引き出してくれて」 「あ、いえ……僕の方こそ、いろいろ忘れていた記憶が蘇ってきて、感激しました」 「そうなのか。それなら良かったな」 「はい! いつも……いつも、宗吾さんの言葉が、僕を上へと持ち上げてくれるんです」 「そうか……スキーは君に教わるばかりだが、俺も少しは役に立ったんだな」 「とても……あの、僕には父との思い出が少ないのですが、今日は父の背中を思い出せました」 「そうか……」  宗吾さんと話していると、周りから響めきが起きた。  一体、何だろう?  顔を上げると、ちょうど僕たちがゆっくり滑り降りて来たコースに、潤がパッと現れた。  僕と滑った時よりも更に高いパフォーマンスで、見ている人の心を一気に魅了していく。  派手なだけでない、スマートな滑りだ。一つ一つの動作が研ぎ澄まされている!  ストイックになったな潤。  以前はスキーに限らず、何事にも派手さを求め、見て欲しい気持ちが先走っていたようだが、今は違った。淡々と決めていく姿は、まるで職人のようだ。   「うわっ、あれって潤なのか」 「はい、あれが僕の弟です」 「やるなぁ……格好いいな」 「ありがとうございます。良い意味で目立っていますね」 「いい風を斬っているな。とても気持ちよさそうだ」 「確かに、いい風が来ていますね」  潤がゴールすると、『きゃあ~♡』という黄色い歓声と共に、潤が若い女の子に取り囲まれたのには驚いた。  僕の弟を取られたようで、少し複雑な気持ちになってしまった。  あれ……? こんな風に思うのは、初めてだ。 「瑞樹~、潤がモテているぞ」 「えぇ、ちょっと悔しいですね」 「へぇ? 瑞樹もモテたいのか」 「ち、違いますって」 「ははっ、分かってるさ。君は立派なブラコンだから、妬いているのだろう?」 「う……っ」 (もう……図星ですよ。悔しいですが) 「なぁ、瑞樹には俺がいるだろ?」 「あ……はいっ」(それは、もちろんですよ) 「よかったよ。俺、そろそろ瑞樹不足だ」 「あ……僕もです」  久しぶりの甘い会話にホッとする。  通常運転って、いいな。    じわじわと……宗吾さんとスキー場にいることが嬉しくなった。 「どうした?」 「嬉しくて……好きな人と、一緒に旅行したり、スキーをしたり。そういうのに憧れていました」(僕ももっと……素直になろう! 気持ちをちゃんと伝えよう) 「そうか、これからも色んな所に連れて行ってやるよ。日本中、世界中を、君と羽ばたきたい」 「僕は狭い世界でしか生きて来なかったので、海外旅行の経験がないんです。だから、いつか見せてくださいね」 「あぁ! もちろんだ」  潤が女の子に揉みくちゃにされている間に二人で語らっていると、芽生くんがしゃがんで何か雪の上に書いていた。 「でーきた!」 「何を描いたの?」 「アチチの図!」 「えっ?」  わっ、びっくりした! 芽生くんが雪の上に相合い傘の落書きをしていた。カサの下に『そうご』『みずき』と書いてあるのが、恥ずかしいやら嬉しいやらで、動揺してしまった。 「えへへ、見てくれた?」 「うん、ありがとう」 「じゃあ、ボク、またすべりにいくから、バイバイ!」    手でササッと文字を消して、芽生くんはすくっと立ち上がっった。  やる気復活のようで、ぐいぐいと僕の手を引っ張ってくる。可愛い引力だ。小さな手を自然に絡められると、僕と芽生くんの間に温もりが生まれる。 「お兄ちゃん、リフトにまた乗りたい」 「そうだね。今度はもっと長く滑ってみようね。止まり方も教えてあげるよ」 「うん! がんばる!」 「よーし、俺も頑張るぞ」 「じゃあ、行きましょう!」  3人でリフトに向かうと、背後から潤に呼び止められた。 「兄さん、待って! これ、持って行けよ」 「わ! 潤はさっきから準備がいいな」 「あー、これは……実はさっき……女の子から、もらった」  鼻の頭を指で擦りながら手渡してくれたのは、小さな包みのチョコレートだった。 「いいの?」 「兄さん、甘いの好きだろ」 「あ、うん」 「やっぱな。あのさ、オレ、もう一度、スノボして来てもいいか」 「もちろんだよ。潤の滑り、とても上手かった。淡々と滑っていたね。職人気質で格好良かった」 「お……マジか。おっし! 兄さんに褒められた! やったー! よっしゃー!」  潤が大きくガッツポーズした。  くすっ、こういう所はまだまだ子供みたいだね。  芽生くんみたいだ、潤――  こんなに無邪気な性格だったんだな。  知らなかった一面を知る。  もっと知りたいよ。  大人も童心に返っていいのかな?  こんな無垢な……白銀の世界では……

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