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白銀の世界に羽ばたこう 31

「芽生くん、じゃあリフトに行こうか」  お兄ちゃんが手を引っ張ってくれる。  でもでも、まって……なんだか、えっと…… 「そうだ、その前におトイレに行こうね」 「あ、うん!」  びっくりした! どうしてお兄ちゃんには、わかるの?  ボクが思うこと……いつも……ちゃんとつたわるのが、ほんとうにふしぎ! 「宗吾さん、芽生くんとトイレに行ってきますね」 「おう、俺も行くよ」  お兄ちゃんがスキー板をはずしてくれて、クツもぬがしてくれた。でも……いつものようにおトイレしようとして、あれれ……こまったなぁ。   「おにいちゃん、あのね……これって、どうやってするの」 「あ、そうか! そのスキーウェア、上下が繋がっていたね」  お兄ちゃんも、こまったお顔になったよ。    「えっと、全部脱がさないと出来ないのかな?」 「瑞樹、汚すよりマシだ。思い切って脱がしてしまえ」 「分かりました。芽生くん少し寒いけど脱ごうね」  そっか~そうすればいいんだね。ボクはシャツとパンツになったよ。   「俺がウェアを持っているから、君は芽生を連れていってくれ」 「はい! 分かりました」 うー、スキー場のトイレってさむいよぉ~!   「芽生くん、寒いよね。我慢してね」 「だいじょうぶだよ-」    おにいちゃんが手をさすってくれたよ。  あれれ? おトイレの高さが、いつもとちがって……ヘンだよ。 「お兄ちゃん、こっちきて……」 「よし。支えてあげるから。ほら、やってごらん」 「う……ん」  おとなりの、しらない男の人に、はなしかけられた。 「なんだか、お父さんばかり大変ですね。子供のトイレなんて、お母さんに任せたらいいのに」 「……いえ」 「あー分かった『イクメン』って奴を目指しているんですね」 「え?」 「はは、図星? せいぜい頑張って、パパさん!」 「……」  なんだか、いじわるな、いい方だなぁ。  お兄ちゃんをいじめるのは、ゆるせないよ!  お兄ちゃん、だいじょうぶかなぁ……しんぱいだな。 「お兄ちゃん、も……もれちゃう」 「あ、ごめんごめん」 「おにいちゃん、さっきのオジサンのいうこと気にしないでね」 「えっ?」 「ボク、おにいちゃんをいじめるひと、やだもん」 「あぁ、そっか……それなら大丈夫だよ。僕はね、実は……むしろ嬉しかったんだ」 「なんで?」  ふしぎな気持ちでお兄ちゃんを見あげると、おにいちゃんはカナシイお顔ではなくて、ウレシイお顔をしていた。 「そうなの? あ、そういえば『イクメン』って、なぁに?」 「子育てを頑張っているパパのことだよ。もしかして、僕もそんな風に見えたのかな?」 「きっとそうだよ。だってだって、今日のお兄ちゃん、すっごくカッコイイもん!」 「わ、ありがとう」  いつもは、ママみたいにやさしいお兄ちゃんだと思っていたけれども、スキーをしているお兄ちゃんは、少しちがって……カッコイイ。えっと……パパみたい! 「いつもと少しちがうおにいちゃんに会えてうれしかったよ! どんなお兄ちゃんもだーいすきだよ!」 「芽生くん……芽生くんは本当に優しい子だね。嬉しいよ」  わ、お兄ちゃん、うれしくて……泣きそう? 「ほら、芽生、早く着ないと風邪ひくぞ」 「うん!」 「瑞樹、君も行っておいで」 「あ、はい」  ボクには、ふたりのカッコイイパパがいる!    この時、はじめてそう思ったんだ。  **** 「お兄ちゃん、こんどはひとりでリフトを、おりてみるよ」 「わぁ、やってみる? 応援しているよ」 「がんばる!」  俺はリフトでふたりの会話に耳を傾けていた。  しかし今日の芽生は瑞樹にべったりだな。(まぁ俺はスキーにおいては、まったくもって頼りにならないから当たり前か。自分が転ばないように滑るので精一杯だしな)  芽生がここまで頑張るとは想定外だった。都会育ちで雪遊びもろくにしたことのない子だから、ソリ遊びがせいぜいかと思ったら、スキーで斜面を滑れるようになるなんて。  そして瑞樹も想定外だった。今日の君は男らしい魅力が溢れている。君は優しくて可愛いだけではないんだな。カッコ可愛い男なんだと改めて思った。       それは嬉しくもあり、ほんの少し寂しくもあった。しかし俺には分かる。きっと夜になったら、瑞樹は俺に甘えてくれる。何故なら、さっきから、君も俺が恋しくなっているのを感じるから。  芽生の書いてくれた相合い傘……夜になったら俺も書いてみたい。  今度は消さなくていい場所にな。 「宗吾さん、夜が楽しみですね。潤が言っていましたが、北野さんのお宅には、皆が集まるファイヤーピットや薪ストーブがあるそうですよ。ダッチオーブンや鉄製のフライパンを使い、クッキングも楽しるというので、いよいよ宗吾さんの出番ですね」 「お? 冬のBBQか。それは楽しそうだな」 「はい! 美味しいものを沢山食べさせて下さいね」 「もちろんだ。その代わり、瑞樹もな」 「え? あ……はい」  ゴーグルで目元が隠れているが、頬がじわじわと赤くなったぞ。 「甘いデザートは、君担当だ」 「は……い、あの……ちゃんと用意します」  やった! ほらな、やっぱり瑞樹も俺が恋しくなっている。   「期待している――」

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