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白銀の世界に羽ばたこう 32

 芽生くんは、更に長い距離を一人で滑ることが出来た。ハーネスはつけているが、滑りをモノとしていた。  子供は何でも吸収が早いね。怖いという気持ちよりも、滑れるようになりたいという欲求が強いからかな。 「やったぁ~! ついた! ついた!」  大きくバンザイで,無事にゴールだ。   「芽生くん、とても上手になって驚いたよ」  「ほんとう? ボクもいつかお兄ちゃんみたいになれるかな」 「じゃあ、毎年来ようね」 「うん!」 「えっと……そろそろ終わりにする?」 「えぇ? もっと、やりたいよぉ」 あれ? 語尾が小さいような……大丈夫かな? すぐにリフトに乗ったが、やっぱり元気がないような。   「お兄ちゃん……こんどは抱っこしておろして」 「もちろんいいよ。それっ!」 「ありがと」 そこから滑り出したが、少し下ったところで大きく転んでしまった。 「わ……わぁ」 「芽生くん、大丈夫」 「芽生、大丈夫か」 「う……うぐっ、えーん」    慌てて宗吾さんと駆け寄ると、 ふかふかの雪の上だったのでそう痛くはないはずなのに、思いっきり泣き出したので驚いた。 「どうした? どこかぶつけた?」 「ぐすっ、ぐすっ、いたいよー、おにいちゃん。わーんっ」 「わっ」    僕にくっついて頭をぐりぐりと擦り寄せてくる。その仕草に……くすぐったい気持ちになった。不謹慎な考えかもしれないが、甘えてもらえてホッとした。 「おいおい芽生、そんなに泣くなんて。鼻水が瑞樹のウェアに付くぞ」 「宗吾さん、大丈夫です。芽生くんは、きっと疲れちゃったんですよ」 「そうか。そうだよなぁ。まだ小さいのに、今日は大人顔負けに頑張っていたもんな」   暫く抱きしめてあげたが、芽生くんはなかなか泣き止まない。ということは……甘えたいだけでなく、他にも……? こんな時、どうしたらいいのか。天国のお父さんとお母さんは、どうしてくれたかな?  遠い昔……ゲレンデで蹲って泣いている僕がいた。ちょうど今の芽生くん位の時だ。   『えーん、えーん』 『みーずき、みーずき、あなたはがんばりやさんね』 『本当に瑞樹はギリギリまで笑っていて、突然泣くのだな。ママ、あれを出して」 『そうね。こんな時は……ほら、お口あけてごらん』 『ぐすっ、あーん』  口に放り込まれたのは、甘いミルクキャラメルだった。近くの牧場で売っている僕の大好物。   『あ……あまーい』 『ふふっ、ほっぺが膨らんでいるわね』  お母さんが僕の頬を、人差し指でつんつんと突っついた。 『みずきくんのお腹さーん。お味はいかがですか』 『あ……おいしいですって、いってる』 『みずき、お疲れ様。ちょっとスパルタだったかな。なんだろうね。あなたには早く教えないといけないって……ママ、焦って……ごめんね』 『ううん、スキーをならうのはスキ。おなかがちょっと空いただけ』  あ、そうか……お腹だ。ちょどさっき潤が渡してくれたチョコレート菓子を持っている。 「芽生くん、お口を開けてごらん」 「ん? なあに? あーん」  僕は急いでグローブを外し、小分けのチョコレートを芽生くんの口に放り込んでやった。 「あ、あまい!」  お母さんがしてくれたように、芽生くんの可愛いほっぺをつんつんとしてみる。子供の頬って、どうしてこんなにつつるつるで弾力があるのかな。気持ちいい。 「芽生くんのお腹くん、お味はいかがですか」 「あ……すごくおいしいよ~、お兄ちゃん、どうして分かったの? おなかが空いたって」 「くすっ、僕も同じだったから」 「お兄ちゃんも? ボクだけじゃないんだね。えへへ」 「そうだよ。甘いものは元気でるよね。もう1個食べる?」 「おにいちゃんも食べて」  甘い、甘い一時だった。  そこにスノボで颯爽と降りてきた潤が合流した。 「おう! 芽生、お疲れだな」 「あっ、ジュンくん! ジュンくんともいっしょにすべりたい」 「よーしっ! 4人で一緒に行くか」 「やったー!」  潤が来てくれたので気分が変わったらしく、なんとか滑り終えた。  下まで降りると、山の端に太陽がかかっていた。 「もうすぐ日が暮れるね。そろそろ終わりにしようか」 「そうだな。あと1本は行けそうだ。サンセットで良い時間だし……。そうだ、最後に兄さんは、宗吾さんと二人で滑って来いよ」 「え……」 「オレは芽生と休憩してるよ。ほら、行った行った!」 「おいにちゃんとパパがすべってくるところ、みたいな」 「う……うん」  芽生くんにも後押しされて、宗吾さんと歩き出すと潤に呼び止められた。 「兄さんは鈍感だな。そっちじゃなくて、あっちのリフトだろ。二人乗りは!」 「あ……」 「潤! 気が利くな~」  宗吾さんが満面の笑顔で、潤の肩を抱く。 「宗吾さんの気持ちを察したまでです」 「そうかそうか、瑞樹は、兄思いの優しい弟を持ったな」 「あ……はい!」  そんな訳で、僕たち右手の林道コースへ入り口へ続く、リフトに乗った。 「なぁ……瑞樹、ゴーグル外せよ」 「え? でも落としたら」 「大丈夫だって。君の顔を見ながら乗りたいんだ」 「分かりました」  今日はずっとゴーグルをつけていたので、外すと裸になったようで気恥ずかしい。 「やっと、君を全部見られたな」 「そ、そうですか」  宗吾さんもゴーグルを外していた。キリッと凜々しい眉毛、黒い髪、明るい表情。スキーウェアの宗吾さんは、大人モードでカッコイイ!  それにしても……男同士の二人乗りなんて珍しくないが、照れ臭い。先ほど宗吾さんが思わせぶりなことを言うから。  そもそも今日のログハウスは潤も芽生くんも一緒なのだから、そんなこと出来ないのに、言葉で僕をその気にさせてしまうのだから。  ふと顔を上げると、僕たちのリフトの前で、男女のカップルが仲良さそうにしている。互いのゴーグルをなおしたり、髪に触れたり……これは当てられるな。しかも顔を近づけて見つめ合い……今にもキスをしそうな勢いだ。 「瑞樹……」 「え? あ、はい」 「俺も……欲しいな」  直球で求められて、ギョッとし、慌てて首をブンブン横に振った。   「え? だ、駄目ですって! リフトは後ろの人に丸見えですから」 「え。ケチだな。少し位……いいじゃないか」 「えっと……そんなぁ」  チラと後ろを振り返ると、もう日没近いせいか、誰もいない。その次もその次も……  こ……これなら、しても大丈夫なのかな?  もう……一瞬一瞬……だけですよ。  超早業で、宗吾さんの唇にちゅっとキスすると、心臓が飛び出そうだった。 「えっ!」  宗吾さんの方も目を丸くして驚いている。 「参ったな……瑞樹って時々、すごく大胆だな。いやぁ~驚いたよ! 嬉しいけどさ」 「そっ、そんなに驚かなくなって……欲しいって言ったのは宗吾さんですよ!」 「へっ? おい、まさか! くくっ」 「ま……まさか?って……あっ」  宗吾さんの視線が、僕のポケットへ向けられる。 「チョコだよ!」 「チョコ?……あっ、あぁ……! そっちですか」  

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