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アフタースキーを楽しもう 7
「ぜひ、お願いします。もう、どうしたらいいのか分からなくて……」
空さんは眼鏡を外して、浮かんでいた涙を指先で拭った。
「いい年をして、怖くて泣くなんて……恥ずかしいです」
「そんなことありません。何でも初めてには、勇気が必要です。経験がないと想像も出来ないですし」
「もしかして瑞樹君もそうだった? 初めては宗吾さんと?」
「あ……その、いえ」
「あっ、ご、ごめん。僕、デリカシーなくて」
「いえ、大丈夫です……僕も……怖かったです」
僕の初体験は、一馬とだ。
あの日の事は、一馬と付き合ううちに、うやむやになっていったが。
大学の学生寮で一馬になし崩し的に抱かれた。最初は訳が分からず、何を求められているのか分からなくて怖かったが……あいつの人肌が温かかったから……順番は違うが、抱かれてから、彼を好きだと気付いた。あの日抱かれなかったら……ずっと友情のままだったかもしれない。
宗吾さんとは、互いが互いを深く好きになってから、時間をたっぷりかけて……気持ちを整えてから、儀式のように抱かれた。
「あの……空さんと陸さんは、付き合って長いのですか」
「陸とは……もう2年近くだよ」
「そうなんですね。じゃあ……大丈夫。きっと上手くいきますよ。このハーブティーがきっかけになれば嬉しいです。これは喧嘩した時に、よく効きます」
「どんな効能が?」
「ジャーマンカモミールの花や葉には薬効成分があって、疲労やイライラした気持ちを穏やかに静める効果があるんです」
空さんがハーブティーを一口飲んで、柔和に微笑んだ。
「確かに……林檎のような香りで甘く、ホッとしますね。さっき無理矢理飲もうとしたウイスキーより、格段に美味しいです」
「良かったです。どうです? 少し落ち着いてきましたか」
「えぇ」
空さんが眼鏡をかけ直すと、瞳は穏やかな眼差しで、冷静になっていた。
「じゃあ、あと一つアドバイスを。『花言葉』を教えますね」
「瑞樹くんは本当に物知りですね」
「職業柄ですよ。でも、ぜひ知って欲しくて。カモミールの花言葉は『逆境の中でのエネルギー』です。カモミールは芝生のように生い茂るので、人に踏まれがちですが……それでも負けずに、しっかりと可憐な花を咲かせるのが由来なんですよ」
「それって、四つ葉みたいですね」
「あ、そうなんです。僕もそう思っていました」
よかった。空さん……どんどんリラックスして来た。
「あの……瑞樹くん……君はとても話しやすいので、恥を捨てて聞いてもいいですか」
「えぇ、もちろん」
「あの……その……僕は陸と付き合うまで、男性との経験はありません。陸とは、どう考えても僕が受け入れる方ですが、上手く出来るかが心配で……。ご覧の通り、僕には女性のような可愛さは欠片もないし、痩せていて……身体も魅力的でないし。こんな僕の貧相な身体と地味な顔で、散々女性を抱いてきた陸が満足出来るのか、真剣に不安なんです」
空さんは耳まで赤く染めて、俯いてしまった。
あぁ……可愛い人だ。本当に陸さんを愛しているからこその、可愛い心配だ。
「空さん、どうか素直になってください。不安は陸さんに全部話して、取り繕うことなく、ありのままの空さんでいるのが、一番ですよ」
「はい……そうですよね。でも、その……本当にあそこに陸のモノを全部受け入れられるのか、心配で」
うわわ……ズバリ聞かれて、変な汗が出るよ。
「す……すみません、唐突に。なかなかこういう話を聞ける人がいなくて。ちゃんと全部……中に入るのですか」
「は、はい……それは大丈夫です。男でも……ちゃんと受け入れる場所があり、とても気持ち良くなれます。神様が同性同士でも繋がれるチャンスを下さったのだと、毎回……抱かれる度に……その、そう思います!」
(ふぅ……なんとか言い切った! あぁ……猛烈に恥ずかしい‼ こんな話、誰にもしたことないよ)
「そうなんですか。僕……目が覚めました。じゃあ、そろそろ陸の所に戻りますね。それでよかったら」
言われるまでもなく、ポットに温かいハーブティーを入れてあげた。
「どうぞ、これを陸さんと一緒に飲んでリラックスして臨んで下さい。よかったら、彼にもカモミールの花言葉を話してあげて下さい。きっとイライラも収まり、心も落ち着き、お互いに素直になれると思います」
「やってみます。瑞樹くんと話せて良かったです。本当に……ありがとうございます」
人と人は、やはり何か意味があって出会うのだ。
僕も彼らの愛に触れて……僕自身の宗吾さんへの愛を見つめ直せたし、そろそろ一馬に『幸せな復讐』をしに行こうと思えるようになっていた。
今の僕なら、もう大丈夫だ。
「瑞樹くん達との出会いに感謝します」
「僕の方こそ……幸運を祈ります」
「が、頑張ります!」
「はい、頑張って下さい。とにかくリラックスですよ」
「お、おう……!」
お互いに小さなガッツポーズをしたので、小さく笑ってしまった。
空さんにとって、思い出に残る一夜となりますように。
ログハウスから出て行く空さんの背中を、あたたかな気持ちで見送った。
ふぅ……それにしても……今日はいろんな話をしたな。普段思い出さない一馬のことまで。
僕まで緊張して……鼓動が早くなってしまうよ。
ベッドに腰掛け息を整えていると、玄関から声がした。
「瑞樹、戻ったぞ」
「宗吾さん!」
宗吾さんの姿を見たらホッとした。思わず小走りで駆け寄って……背伸びして、彼に飛びついてしまった。
「お帰りなさい!」
「おっと、どうした? 君から甘えて可愛いな」
「なんだか無性に会いたくなってしまって……」
僕の……僕の宗吾さん。
どうやら空さんとの会話で、妙な刺激を受けてしまったようだ。
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